日経グッデイ

がんに負けない患者力

田部井淳子「病気になっても、病人にはなりたくない」

体をいたわり、好きなことを存分に楽しむための工夫

 田部井淳子=登山家

がんの病状は個人差が大きく、治療法が複数あり、さらに患者一人ひとりの価値観も異なります。がんと診断された直後から、患者は自分の病気を理解し、さまざまな情報を取捨選択する人生が始まります。自身も肺がん患者である、日経BP社の山岡鉄也が、がんと向き合った人々に話を聞き、後悔しない人生を送るためのヒントを紹介していきます。

 登山家の田部井淳子さんは、8年前、早期乳がんが見つかり、乳房温存手術を受けました。さらに、3年前には「がん性腹膜炎」と診断され、医師からは「余命3カ月」と告知されます。その後、8カ月の治療を終え、いまは寛解(病気による症状が安定した状態)となりました。

 2度のがん闘病を経て(前回記事「田部井淳子『山での遭難に比べたら、がんの治療の方が恵まれている』」)、田部井さんは自分の体と上手に付き合うようになり、今ではますます、大好きな登山を楽しんでいるそうです。

「遠慮なく『ギブアップ』と言える仲間と自分のペースで楽しむ」

がんになると、いろいろなことが変化しますよね。私の場合は、まったく違う人生が始まったという感じでした。それまでは残業も休日出勤もいとわず、仕事に没頭してきましたが、肺がんになってからは体力的にできなくなって…。
最初は気持ちのうえで、戸惑いと落ち込みの時期が長く続きました。

田部井淳子さん

田部井 (うなずきながら)「昔とは、体が違う」ということは、私も痛感しています。階段を2段抜かしでスタスタ上っていたのが、2度目の手術後は体力が続かなくて息が切れたり、足が上がらなくなったり。「できないって、こういうことなの?」と、ビックリしました。

 全体的にペースも遅くなりました。だから、山に行くときも、自分から人を誘うことはなくなりました。誰かと一緒に行くときは、私のことをわかってくださる、ダメだと感じたときは遠慮せずにダメだと言える仲間と、自分のペースで歩けるように計画します。

 がんになる前は、登山ツアーのリーダーのご依頼も引き受けていましたが、いまは「これはできる」「これはできない」「こういう方たちとは引き受けられるかな」と身体優先で選んでいます。いままでのように「誰でもどんと来い!」はなくなりましたね。

 自分のできる範囲内で、最大のことをやりたいと思っています。


「いつでも身ぎれいに、オシャレもしないとダメ」

なるほど。ほかに日常生活で心がけておられることはありますか? 私も最近、体力がなくなり、階段を上ると息切れするようになったので、毎日、1時間の散歩や筋トレを習慣にしています。

田部井 退院して家に帰ってきたばかりの頃、鏡を見て「なんだ、この顔は!」と驚いたことがありました。いつもは化粧をしながら、「さぁ、今日も出かけるぞ」と気合いを入れるのですが、その日は顔に生気がなく、シミやシワが目立って、髪もボサボサ。

 「ダメだ。こんな年寄りでは。きちんとしなくてはいけない」と。いつでも身ぎれいに、オシャレもしないとダメですよね。がんという病気にはなりましたが、病人にはなるまいと強く思いました。

田部井 あと、夜はできるだけ早く帰るようにしています。夜の集まりにはなるべく行かない。疲れるだけでなく、体に無理を強いると翌日に響きますしね。外食もしたいと思わなくなりました。自宅で食べたい物を食べる、お酒もゆっくり飲みたいですね。

田部井淳子さん
2013年暮れに登ったニカラグアの最高峰セロ・モゴトン2107mにて夫と。(タベイ企画提供)
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「手足がしびれるのも“生きてる証拠”」

田部井さんと同じ抗がん剤治療(TC療法)を、私も受けましたが、副作用で味が苦く感じました。これは私にとって大きな変化でした。特に、インスタント食品はダメ。ただし、添加物が入っていないものだと、味が変わらなかったことを思い出します。

田部井淳子さん

田部井 そうそう、抗がん剤治療で味覚が変わりました。特に、さつまいも、じゃがいも、さといものゆでたものは、おいしく感じます。塩や砂糖は使わなくてもいい。自然が作り出したそのままの味が、味覚にも体にも合っているんだなーと思います。

 前から、みそ汁のダシにはこだわっていましたが、がんになってから改めて昆布やかつおぶしでとるダシのおいしさを実感しています。昆布の煮出しは、2~3日分まとめて作って、冷蔵庫で保存しています。夫にも教えて、ときどき、作ってもらっています。

生活の変化といえば、がんになる前は睡眠導入剤を使うことに抵抗がありましたが、私はきちんと眠るために、睡眠導入剤を飲むようにもしています。

田部井 私も睡眠導入剤を飲むこともあります。布団に入って1時間経っても眠れないときは、薬を飲むと安心する。グッスリ眠ったほうが、次の日、「やるぞ!」と力が湧いてきます。

 朝起きると「今日も生かされていること」を感じます。眠れないときでも、ちゃんと朝がきて、その日、やることがある。それを毎日こなしていけるのは、生きているからですね。今は山に登っていても、抗がん剤治療の副作用で手足がしびれたりするけど、それも“生きている証拠”!そう思えば、気分が前向きになります。

「山は清涼剤であり、静養剤であり、生きるためのエネルギー源」

私も登山をしていたことがあり、32歳のときはヒマラヤのアイランド・ピークにも登りました。田部井さんのプロフィールの登山リストを拝見したところ、世界のさまざまな場所に行かれていますね。

山岡鉄也

田部井 国内だけでなく、海外を含めて、山には毎週、行くようにしています。「来週はここに行こう!」「次はどこに行こうか」「お金足りない? じゃ、こうしよう」と考えるときが、とにかく楽しい。

 山に登りながら自然を楽しんで、前日の残り物を詰めたお弁当を食べていると、「これぞ、山だ~!」という実感を味わえます。山ではストレスを感じることが少ない。

 山は清涼剤であり、静養剤であり、生きるためのエネルギー源です。

 今年は私のエベレスト登山40周年記念にあたるのですが「何をしようか。学生時代の同級生を呼ぼうか」「コンサートをやろうか」と、あれこれ楽しいことを考えています。


「身辺整理をする暇があったら山に行きたい」

今年はイエメンのような政情不安な場所でも登られて、かなりチャレンジングですね。

田部井淳子さん

田部井 いやいや、わざわざ危険な地域を選んでいるわけではないですよ。イエメンの山には何十年か前に登ったことがあるのですが、本土から離れたインド洋にソコトラ島という島があって、そこにいい山があったんです。そこに登りたいと考えていました。どこに登るかは、国の政情が不安か、安全に行かれるかも大事ですが、「そこに山があるか」どうかがポイントです。事前に十分調査はしますよ。

 同級生からしばしば、「親が亡くなったあとの、片付けが大変。子どもに迷惑をかけたくないから、今のうちに身の回りの物を整理しておくわ」という話を聞くんですが、私はそんな死に支度をする時間があったら山へ行きたいと思います。だって、後片付けのために生きているわけではないですから。


 実は、「後片づけは残っている人に頼むぜ!」と言ってあります。

ディナラ山/田部井淳子さん
2014年6月クロアチア最高峰ディナラ山1831mにて。(タベイ企画提供)
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 いま75歳ですが、これまで十分やってきて、「明日さよならでも悔いない」と、いつでも思っています。医師から「来月までです」と言われたら、「さようですか」と、平常心のまま答えられると思います。

 登山を通して、そういう覚悟、そういう気持ちは、常に持つようになりました。だから、2度のがん闘病を経験しても、しっかり受け止めることができたと思います。

(写真:清水真帆呂)

【対談を終えて】

田部井淳子さん/山岡鉄也

 学生時代から社会人にかけて、ヨーロッパアルプスやヒマラヤへも行くなど山登りに夢中だった私にとって、田部井淳子さんは憧れの方でした。エベレスト遠征前の準備山行の記録が、当時の山雑誌に詳しく載っていて、わくわくしながら読んでいました。取材日に見せていただいた数多くの海外登山歴のうち3峰は私も登ったことがあり、少しですが山の話もできて感激しました。

 「今は山に登っていても(抗がん剤治療の副作用が残っていて)手足がしびれるが、それも生きている証拠。山に入ると本当に元気になる」と、とても嬉しそうに話す田部井さん。目を輝かせてポジティブに自信満々に語る姿に、私自身がんと向き合ううえで、いっぱいの元気をいただきました。(山岡鉄也)


田部井淳子(たべい じゅんこ)さん
登山家
田部井淳子(たべい じゅんこ) 1939年福島県生まれ。62年昭和女子大学英米文学科を卒業し、社会人の山岳会に入会し登山活動に力を注ぐ。69年「女子だけで海外遠征を」を合言葉に女子登攀クラブを設立。75年、エベレスト日本女子登山隊副隊長兼登攀隊長として、女性世界初のエベレスト登頂に成功。92年、女性で世界初の7大陸最高峰登頂。現在までに73カ国の最高峰・最高地点を登頂。今年はエベレスト登頂40周年になる。
2012年から、毎年夏休みに、「東北の高校生の富士登山~登ろう日本一の富士山へ~」プロジェクトを開催。日本一の山から、次なる東北を支える「勇気」と「元気」をもらおうと願いを込める。昨年も86人の東北の高校生が登頂した。1人でも多くの東北の高校生を招待できるよう、ホームページでは寄付の協力を募っている。(主催:株式会社山と渓谷社、日本山岳遺産基金/田部井淳子)http://sangakuisan.yamakei.co.jp/tohoku_fujisan/
聞き手:山岡鉄也
日経BP 広告局プロデューサー
2010年、肺がん(ステージIV)と診断される。入院や通院での治療の後、復職。2012年4月より国立がん研究センターの患者・市民パネルメンバー。自らの経験を生かして、がんと就労が両立できる社会を目指して、「がんと共に生きる」「がんと共に働く」をスローガンにその環境整備をライフワークにしている。
インタビューまとめ:福原麻希
医療ジャーナリスト
新聞・雑誌・書籍などで医療や健康、介護分野の記事を多数執筆。著書『がん闘病とコメディカル』(講談社、2007年)『チーム医療を成功させる10カ条 ―現場に学ぶチームメンバーの心得』(中山書店、2013年)などがある。