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うつ病診断、新知見を反映

薬の処方 改善に期待

 日本経済新聞電子版

 うつ病や発達障害などの精神疾患は症状の表れ方が複雑で、診断や治療方針の決定が難しい。米国の学会が作成し、国際的に普及し始めた最新の診断基準を昨年、日本の医療現場でも使いだした。患者にとって医師による見立てのばらつきが減り、薬の処方が改善する可能性がある。遺伝子解析など最先端の科学を生かしたより確実な診断の試みも加速している。

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 米国精神医学会が2013年に出した最新の診断基準は「DSM-5」と呼ばれ、新しい科学的知見を反映し日々の診療に即した内容をめざしたとされる。日本語版は900ページを超える。ある若手医師は「精神科と聞くだけで不安がる患者も多いが、診断基準の改善はそうした受け止め方を減らし、よい治療につながる」と期待する。

 大きく変わったものの一つにうつ病関連の診断基準がある。うつ病に代表される「抑うつ障害群」と、そううつ病などの「双極性障害および関連障害群」を別のくくりとして分けた。両方に重なる「気分障害」は廃止した。「遺伝子研究などで原因や治療法が異なることが明らかになった」(関西医科大学の加藤正樹准教授)からだ。

 双極性障害の診断基準はやや厳しくなった。米国で薬を投与しすぎる傾向があり、是正論議が起きたことなどが背景にある。うつ病とそううつ病が交ざったタイプは「混合性の特徴を伴ううつ病」などと診断し、中間的な状態をきちんと評価するようにした。

 単に症状の有無をみるのではなく、新たに「重症度」の評価を取り入れたのも特徴だ。「不安性の苦痛を伴う」うつ症状の場合、いくつ条件を満たすかによって苦痛を「軽度」「中等度」「重度」などと評価する。より患者に適した投薬などが可能になると期待されている。

 DSM-5では発達障害関連の診断基準でも、大きな変更があった。自閉症や、その一種のアスペルガー症候群など「広汎性発達障害」が、まとめて「自閉スペクトラム症」に変わった。スペクトラムは、波長によって光の色が変わっていく虹を想像するとわかりやすい。連続的に変化する症状をうまくとらえようという考え方だ。

 自閉症は大まかに、対人コミュニケーションの問題や行動の繰り返し、こだわりによって診断される。知能や言語の障害の有無など、具体的な症状の出方はさまざまだ。「最近10年ほどの間に自閉症をスペクトラムとしてとらえるようになり、範囲が広がった」(東京大学の金生由紀子准教授)

 新診断基準では「感覚の過敏や鈍感」を「こだわり」の一つとして導入した。知能などに問題がなく従来は診断しづらかったが、小さな音や光に過敏に反応するような患者を自閉スペクトラム症と診断する場合がある。「診断が付けば本人も周囲も病気について共通の認識を持ち、対処法を考えやすい」(金生准教授)

 基準を決めても、実際の診断は医師の経験に頼る部分が大きい。遺伝子解析や脳機能の画像診断に基づく、より確実な判定を模索する動きもある。自閉スペクトラム症について奈良県立医科大の牧之段学講師は「脳を詳しく調べれば治療法が見えてくるだろう」と話す。関連遺伝子の働きや、脳神経系の活性化の違いがわかりつつある。

眼球運動を調べ統合失調症の診断・治療に役立てる研究も進む(大阪大・橋本准教授提供)
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 大阪大の橋本亮太准教授も、統合失調症などを診断するため、バイオマーカーと呼ばれる目印物質や脳の信号を探している。米国でも研究は活発で、DSM-5とは別の基準を普及させる動きもある。関西医大の加藤准教授は「同じ発熱でも原因や菌の種類によって薬を使い分けるように、うつ病などもバイオマーカーをもとに薬を決められるのが理想的」と将来像を描く。

 DSMの今回の改訂は1980年に「DSM-3」が出て以来の、久々の大幅改訂といわれる。ベースとなる症状の数値的な測定などが難しく、知見は限られるので「中途半端な中身」「変更は混乱を招く」との指摘もある。「5」と表記したのは、見直しを進め「5.1」「5.2」などを想定しているためだ。

 日本で使われ始めてまだ1年ほどで、定着するのはこれからだ。診断結果や病名が変わり、患者に戸惑いが出るかもしれない。診断基準が移行期にあると知り、セカンドオピニオンを求める時などに「DSM-5」の診断か確認できれば、治療方針を理解し納得するのに役立つだろう。

精神神経学会、盛況だったが… 外部の目意識 まだ不足

 今年6月に大阪で開いた日本精神神経学会学術総会では「DSM-5のインパクト―臨床・研究への活用と課題―」と題した会長企画シンポジウムがあった。会場は満席で質疑も活発だった。しかし、出席した重鎮の一人は「この分野は誤解を生みやすい。医学専門誌以外の取材は一切断る」と足早に会場を去った。

 精神神経系の疾患は患者に対する偏見、学校や職場での不当な扱い、拘束を伴う治療などの問題を連想しがちだ。診断基準に関しては、薬の売れ行きに直結するため製薬業界の影響力を懸念する声もある。どれも日本に限ったことではない。しかし、学会での議論は患者や家族が受ける治療に直結する。外部と共有したくないという考えは残念だ。扉を閉ざしてしまっては、かえって「誤解」を招きやすくなる。

(編集委員 安藤淳)

[日本経済新聞朝刊2015年7月5日付]

この記事は、日本経済新聞電子版「病気・医療」からの転載です。