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腹腔鏡に潜むリスク 体への負担軽減のはずが…

患者死亡も 難しい手術、第三者が審査

 日本経済新聞電子版

体への負担が少ないとして普及してきた内視鏡手術。その信頼を揺るがしかねない事態が相次いでいる。群馬大学病院(前橋市)などで、内視鏡の一種、腹腔(ふくくう)鏡を使った手術で複数の患者が死亡した。患者のためにより望ましい治療は何か。手術の妥当性を正確に見極める動きが医療現場に出てきた。

 腹腔鏡手術で国内有数の実績を誇るがん研有明病院(東京都江東区)。4月中旬、消化器のがんを専門とする山口俊晴副院長が、大腸がんの腹腔鏡手術を控えた担当医に「他の医師の意見も聞くように」と声をかけた。

 同病院では大腸がんの手術の9割以上を腹腔鏡手術で行う。この患者は甲状腺にもがんがあり、手術は通常よりは難しい。自信がある医師は相談せずに手術に踏み切ることが多いが、山口副院長は「手術計画について第三者と協議することは重要だ」と指摘する。

 腹腔鏡手術は場所によって難易度はかわる。胆のうは「外科医の入門」とされる。大腸がんでも普及し、胃がんも早期発見なら積極的に使われる。「開腹であれ腹腔鏡であれ、同じように治ることが期待できるなら患者負担を考えて腹腔鏡を選択する」(山口副院長)

肝臓切除難しく

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 ただ肝臓や膵(すい)臓は難しい領域だ。開腹手術でも切除が難しい場所に腫瘍ができることが多い。保険適用は部分切除など一部の術式に限られ、群馬大病院で行われた肝臓の右葉の切除などは保険適用外だ。

 保険適用外の手術はリスクも高い。日本肝胆膵外科学会の調査によると、肝臓の保険適用内の腹腔鏡手術は死亡率が0.27%だったが、適用外は1.45%。膵臓の切除は保険適用内の0.1%に対し、適用外は1.08%だった。

 山口副院長は「保険適用外の高難度の腹腔鏡手術は倫理委員会の審査を受けなければならない」という。安全面に配慮しているかなどを審査する倫理委員会を通すことで、リスクを適切に判定するのが目的だ。

 群馬大病院や千葉県がんセンター(千葉市)の死亡事故は、倫理委員会の審査を経ずに行われていた。ただこれは特異な事例ではない。同学会の調査では、腹腔鏡による肝臓や膵臓を切除する保険適用外の手術で、55%の病院が倫理委員会を通していなかった。

 国内の大学病院では昨年度、内視鏡手術の一つ胸腔(きょうくう)鏡手術で縫合不全などの合併症が5件続いた。すべて保険適用外の手術で、院内の倫理審査を受けていなかった。

 「腹腔鏡手術の信頼が揺らいでいる」。名古屋大病院(名古屋市)医療の質・安全管理部の長尾能雅教授らは危機感を募らせる。保険適用外の手術に対する審査体制を見直す方針だ。

 倫理委員会とは別に、新たな審査組織を6月にも立ち上げる。手術の妥当性を検討し、詳細な検討が必要なら倫理委員会で審査する仕組みだ。

報告書義務付け

 学会も対策に動き出した。日本肝胆膵外科学会は4月の理事会で、死亡率が明らかに平均より高い学会認定の施設について、詳細なリポート提出を義務付けることを決めた。宮崎勝理事長(千葉大教授)は「(学会に所属する)ベテラン医師が医療現場の改善を支援する」と話す。

 同学会は保険適用外の手術について、事前報告制度を設けるかどうか協議も始めた。各病院の倫理委員会に比べ、より技術的な観点で評価できるという。

 内視鏡手術に限らず、すべての手術には一定のリスクがつきまとうが、医療現場はそのリスクを最小化する努力が求められる。埼玉医科大学国際医療センター(埼玉県日高市)の小山勇病院長は「事故を防ぐ仕組みだけではだめで、医療安全の文化を育てなければならない」と指摘。教育や研修の重要性も訴える。

内視鏡の症例 13年17万件超 90年から開始 腹部が半分

 腹腔鏡を使った手術は、日本では1990年に胆のうの摘出で行われた。この手術が92年に保険の対象となり、腹腔鏡手術が拡大するきっかけとなった。日本内視鏡外科学会の調査では、腹腔鏡を含む内視鏡手術の症例数は90年には2370例だったが、2007年に10万例を超え、13年は17万8000例に上った。

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 90~13年の合計でみると、症例数は胆のうや胃がんなどの腹部外科が約半分。次いで産婦人科で子宮筋腫や子宮内膜症などが多い。3番目は肺がんなどの呼吸器外科となっている。

 一般的に内視鏡手術は開腹手術より難易度が高いとされる。ただ日本外科学会と日本消化器外科学会の調査では、胃切除の全体死亡率1.07%に対し、腹腔鏡手術は0.43%。腹腔鏡手術は早期がんに適用されるケースが多いことを踏まえても、日本外科学会などは「開腹と比べ死亡率が高い事実はない」としている。

(辻征弥、新井重徳)

[日本経済新聞朝刊2015年5月17日付]

この記事は、日本経済新聞電子版「病気・医療」からの転載です。