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「血液のがん」多発性骨髄腫に新薬続々 治療に幅

 日本経済新聞電子版

血液のがんである多発性骨髄腫に対する新たな治療薬が近年、次々と登場している。効き目が高い薬も複数あり、組み合わせて患者に投与し、ダメなら次を試す治療が可能になった。従来平均3年といわれた患者の生存期間も10年程度を期待できるまでに治療成績が向上している。いまだ根治は難しいものの、長く付き合う病気になっている。

 大阪府内に住む50代男性Aさんは2015年、背中から右脇腹に痛みを感じ病院を訪れた。医師は痛みの原因を探るとともに血液検査を実施。痛みは筋肉から来ていたと分かったが、血液中の特定のたんぱく質の値にも異常が見つかった。

 紹介された済生会中津病院(大阪市)で、血液内科部長だった太田健介医師(現・LIGARE血液内科太田クリニック・心斎橋院長)がAさんを診察。多発性骨髄腫だと判明した。

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形質細胞ががん化

 体に備わる免疫機構ではウイルスや細菌などが侵入すると、リンパ球の一つであるB細胞が「形質細胞」に変化する。形質細胞は抗体というたんぱく質を作り、ウイルスなどから身を守る働きがある。多発性骨髄腫では、この形質細胞ががん化してしまう。

 その結果、ウイルスなどを攻撃する能力を持たない抗体ばかりを大量に作り出すようになる。健康な人では形質細胞は骨髄中の約1%しかないが、がん化した形質細胞は骨髄内を埋め尽くすこともあるという。

 体のあちこちの骨髄で増えるので多発性骨髄腫という名前が付いた。患者は中高年に多く、毎年10万人あたり2~3人が発症する。国内の患者は約2万人だ。

 症状は「個人差が大きい」(太田医師)。骨髄内で正常な血液細胞がつくれなくなり、疲れやすい、息切れがする、鼻血が出るなどの症状が起こる。骨がもろくなり背中や腰の痛みを訴える人もいる。

 骨が壊れてカルシウムが血液中に溶け出すために口が渇く、ぼんやりするといった症状になる例もある。正常な抗体が減り感染症になりやすくなったり、攻撃能力のない抗体が血液中にたまり頭痛や目が見えにくくなったりする人もいる。

 太田医師は「患者の訴えが多様なため、最初は整形外科や一般の内科などを受診する例も多い」と話す。本人に自覚症状がなく、別の病気の治療や健康診断時の血液検査から異常が見つかる場合もあるという。

 多発性骨髄腫の治療の基本は薬だ。通常、複数の薬を一緒に投与し、がん化した形質細胞を殺して増殖を抑える。効かない場合は別の薬を試す。Aさんの治療では、06年に承認された「ボルテゾミブ」と呼ぶ薬を中心とした3剤を併用した。プロテアソーム阻害剤という種類で、異常細胞が生き延びるのに必要な酵素の働きを妨げ、自滅に導く。だが「効き目が現れず、少し焦った」(太田医師)。

 そこで薬の種類を変え、10年に認められた免疫調節薬「レナリドミド」を中心とした治療に切り替えた。かつて胎児に重い薬害をもたらした「サリドマイド」が多発性骨髄腫に効くと分かり、それを改良した薬だ。Aさんにはよく効いた。

 「自家造血幹細胞移植」も実施した。本人の正常な造血幹細胞を採取した後に冷凍保存しておき、抗がん剤を大量投与して異常細胞を破壊する。その後、取っておいた正常な造血幹細胞を体内に戻す。免疫力も落ちるため移植は65歳未満が基本だが、臓器の働きが十分で感染症がないなど医師が問題ないと判断すればもっと高齢でも受けられる。

 このほか異常細胞が局所に固まり痛みなどがある際は放射線を照射する治療がある。骨や神経の痛みに対し薬で対処する例もある。

特性に合わせ選択

 Aさんのケースでは、再び異常な形質細胞が増えてきたため、今度は免疫機能を高める抗体医薬品「エロツズマブ」を投与した。2年近く病気をコントロールできており、仕事をしながら定期的に通院している。

 プロテアソーム阻害剤にはボルテゾミブのほか「カルフィルゾミブ」、17年登場の経口薬「イキサゾミブ」がある。免疫調節薬でも15年に「ポマリドミド」が使えるようになった。抗体医薬品ではエロツズマブ以外に「ダラツムマブ」も使える。別の種類の薬「パノビノスタット」などもある。

 新しい薬が次々登場する理由は「基礎研究が進み、異常な細胞が生き延びる様々な仕組みが分かってきたから」。東京北医療センター(東京・北)の血液内科長と国際骨髄腫先端治療研究センター長を務める三輪哲義医師は話す。「骨髄腫は性質が少しずつ違う異常細胞の集合体。全ての細胞をたたける薬は今のところない。その時点で体内で優勢な異常細胞の特性に合わせて薬を選ぶのが理想だ」

 国際骨髄腫先端治療研究センターは高度な分析装置をそろえ、患者のデータをもとに薬を選ぶための研究をしている。将来は患者のその時々の状態を見ながら薬を変える治療法の普及を目指す。

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最先端免疫療法 実用化へ研究進む

 多発性骨髄腫を「CAR―T細胞療法」と呼ぶ最新の免疫療法で治療する準備も進んでいる。大阪大学の保仙直毅准教授らがマウスを使った実験で効果を確認し、2018年8月に大塚製薬と共同で実用化を目指すと発表した。同社は1~2年後をめどに臨床試験(治験)を始めたい考えだ。

 CAR―T細胞療法は免疫細胞の一種であるT細胞を遺伝子操作して、がん細胞の目印を認識して結合するようにし、がんへの攻撃力を高める。海外では盛んに研究されており、スイス製薬大手ノバルティスが開発した製品は米国で17年8月に一部の白血病で、18年5月には一部の悪性リンパ腫で認可された。欧州連合(EU)でも同様に認められた。日本でも製造販売承認を申請した。

 阪大チームは、多発性骨髄腫で細胞同士の接着に関わるたんぱく質「インテグリンβ7」が、がん化した細胞で活性化され、形を変えることを発見した。活性化したたんぱく質だけを認識して結合するようにT細胞を遺伝子操作した。

 多発性骨髄腫のモデルマウスにCAR―T細胞療法を施す実験で、治療効果を確認した。保仙准教授は「早期に実用化して完治に少しでも近づけたら」と期待する。

 免疫療法ではがん免疫薬を併用する試みもあるが、米国で治験が中止された例もあり、研究途上だ。

(長谷川章)

[日本経済新聞朝刊2019年1月14日付]

この記事は、日本経済新聞電子版「病気・医療」からの転載です。