ポストコロナの時代、がん患者・がんサバイバーが心がけるべきこととは
「がん患者本位のエンゲージメント」を考える会が示したがん医療の新しいかたち
千田敏之=医療ジャーナリスト
コロナががん診療に及ぼした影響
次に新型コロナウイルス感染症とがん診療について伺います。コロナ禍でがん診療も非常に大きな影響を受けたと言われています。どんな影響があり、どういった問題点が浮き彫りになったとお考えですか。
天野 第1波、第2波が襲い、新型コロナウイルス感染症の治療法も確立しておらず、ワクチン接種も始まっていなかった2020年は、がん医療はどうなっていくのかという不透明感、不安感が医療現場に満ち満ちていました。医療機関の体制が整わず、治療延期も行われましたし、患者さんの受診控えが起こったりしました。
ただ、2021年夏の第5波の状況を見ますと、医療現場もコロナへの対処法を学んできた印象です。もちろん医療現場では相当な負荷は掛かったと思いますが、がんに関しては決定的な治療延期は、ほとんど起こらなかったと聞いています。
ただ、そうは言っても、コロナが残した爪痕というのは予想外に大きくて、色々な“後遺症”が出始めているのも事実です。
“後遺症”と言いますと。
天野 例えばがんに罹患する前の患者さんであれば、がん検診控えということがあった結果、進行がんで見つかる患者さんの増加が大きな問題となっています。
日本対がん協会などが2021年11月4日に発表したデータでは、2020年にがんと診断された人は前年より9.2%も減っていました。主な5種類のがんで約4万5000人の診断が遅れたと推計されるそうです。がん検診については、受診に向けての一層の呼びかけに加え、検診に行かざるを得ないような仕組み作りなども必要だと思います。
もう1点、コロナ禍で浮かび上がったのは、がん医療が非常に手間がかかる医療であるということです。今まで、あまり意識しないでがんの治療を受けてきましたが、コロナで、がん医療の大変さと大切さを改めて認識することができたのは、コロナ禍での一つの収穫であったと思います。
「手間がかかる」とは?
天野 例えば外来で化学療法をやるにしても、医師、看護師、薬剤師と非常に多くのスタッフが関わっています。さらに、精神、心理的な支援を行うチームであるとか、経済面の相談にも乗るソーシャルワーカーであるとか、多職種によって支えられているのが今のがん医療です。
そういった現場がギリギリのところで支えていたがん医療が、新型コロナウイルス感染症の感染爆発によって、あっという間に、患者の受け入れ制限や治療延期など、破綻寸前に追い込まれてしまいました。
「病床数は世界一なのに、どうして医療崩壊寸前に至ったのか」と専門家の方々も色々議論、検証されているようです。その理由や原因を軽々に言うことはできませんが、とにかく、がん医療はさまざまな医療者が関わり、大変な手間をかけて、ギリギリの体制で提供されていたということが、今回のコロナで一時的であるけれども可視化されました。それは、これからのがん医療を考えていく上でも、とても意味のあることだったと思います。
ポストコロナのがん医療とは
これからのがん医療ということですが、どういった点を変えていくべきでしょうか。
天野 手間をかければかけるほど、恐らく患者さんの満足度は上がっていくし、がん医療も進歩していくと思いますが、現状のままだと、コロナ禍で起こったように、限界が再びやって来ます。
持続可能ながん医療というものを考えた場合、医療提供のあり方を、改めてみんなで真剣に考えていかなければいけないと思います。医療者だけではなく、一般の人も一緒になって。
では、その手間を軽減し、効率的にするには、具体的にはどんな取り組み、工夫が考えられるでしょう。
天野 医療者、医療機関側について言えば、今はその期待がやや過剰に語られている面はあるとは思いますが、いわゆるAIの活用が挙げられます。診断や治療方針の決定、カルテ作成などにAIによる診療補助が浸透すれば、医師の業務の効率化が期待できます。
あと、オンライン診療ですね。オンライン診療については、現場の医師からは「やはり対面でないと」という声も聞こえてきますが、要は使い方次第ではないかと思います。在宅医療などでは、患者さんに大きな病状変化がないときは、オンラインで状況を確認してから訪問看護師に必要な指示を出すなどすれば、診療の効率化ができます。
あと、セカンドオピニオンです。国立がん研究センターの医師から聞いたのですが、オンラインでやるセカンドオピニオンが最近増えてきているというのです。
オンラインでやる、とはどんな流れで行うのでしょう。
天野 以前であればセカンドオピニオンを取るために、患者さんや家族がわざわざ遠くの病院まで行き、そこの専門医の話を聞いて、その話を持ち帰って再度主治医のところに行き相談する、というように、患者さんには結構な手間がかかっていました。それが最近は、セカンドオピニオンを聞く現場と、患者さんの主治医がオンラインでつながっていて、もうその場で3者面談が成立するというのです。患者さんが話を聞いて、伝言ゲームのように伝えるのではなく、セカンドオピニオンの場が、患者さんも加えた、治療方針決定の場になって、話がスムーズに進むのだそうです。
セカンドオピニオンのあり方としては、オンライン活用はとてもいい仕組みではないでしょうか。こうした試みは、コロナ禍だから実現したという面があると思います。
AIやICTの普及に期待するということですね。患者さん側にも取り組めることはあるのでしょうか。
天野 提言にもある「患者さんや一般の人も、病気について学んだり、医療を受けるときの基本的な素養を身に付ける」にも関連するのですが、医療者と患者さんのコミュニケーションを円滑にする工夫というのは、患者さん側も取り組むべきことだと思います。
医療機関にかかったときに、疑問点や質問項目を前もって整理しておき、効率よく診察を受ける、というのは基本ですが、とても大切なことです。
よく患者さんが言うのが、家でこういうことがあった、病状はこうだった、そういうイベントを医師に話してもなかなかうまく伝わらないということです。そんなとき、例えばデバイスなどを活用し、日々記録し、それを整理して医師に説明するといった工夫も考えられます。医療機関も、そうした情報を、患者さんから事前に送っておいてもらい、スタッフが診療前に整理し、医師に事前に確認してもらうというような仕組みを作れば、診療の効率化につながるでしょう。
より効率的な受診行動、それは別に忙しい医療現場を助けるという面だけではなく、患者さん自身の利益にもつながるのです。そうした工夫や取り組みを医療機関、患者さん双方で進めていくことが、がん医療の現場にとどまらず、広く医療の現場でこれからは求められると思います。

「がん患者本位のエンゲージメント」を目指して
~がん患者が社会で自分らしく生きるための3つのビジョン~

がん患者を取り巻く今の状況をより良いものとするためにこれからのがん医療やがん患者が抱える課題や生き方などについて議論してきた「がん患者本位のエンゲージメント」を考える会(座長:武藤徹一郎・がん研究会有明病院名誉院長)の最終報告書。
がんに関するさまざまな問題の解決に向け、3つのビジョンと10のアクションを提言。がん患者、その家族、がん医療に携わる医療者、がんの政策立案に関わる行政官など、がんに関係するすべての人々にとって、役立つ内容となっている。
同研究会の事務局を務め、報告書の取りまとめにも関わったアフラック生命保険株式会社の宇都出公也氏(同社上席常務執行役員、医師)は、「がん患者が主体的に自分らしい人生を生きることができるよう、がん患者の社会的課題の解決に努めていきたい」と話している。
著者:
「がん患者本位のエンゲージメント」を考える会
判型:
B5判、199ページ
発行:
日経BP
定価:
2200円(税込み)