1兆9000億円の試算も! 腰痛・肩こりが招く職場の「経済損失」
働く人や企業側がとるべき痛み対策とは?
及川夕子=ライター
国民病といわれる腰痛や肩こり。働き盛りの人に多い疾患だ。また、慢性化しやすい症状だけに「老化のせいだから仕方がない」「治らないので我慢するしかない」などと、やり過ごしている人も少なくないだろう。ところが、最近の研究から、腰痛や肩こりなどの痛みをもたらす疾患が、労働生産性を大きく低下させてしまうことが分かってきた。出勤はしているものの体の不調で仕事がはかどらないことによる職場の経済損失は、病欠による損失より大きいという。その額は一体どれほどなのか。また、働く人や企業側がとるべき痛み対策とは? 東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学特任准教授の五十嵐中さんに聞いた。

「はかどらない損失」の2大要因は精神症状と腰痛・肩こり
少子高齢化で労働人口が減少する中、労働者1人当たりの生産性向上が重要視されている。併せて急浮上しているのが、従業員の健康増進や健康維持を目指す「健康経営」というキーワードだ。不調を抱えていたり、疲弊したりしている状態では、やる気も生産性も上がるはずがない。モーレツに働く時代は終わり、個人にとっても企業側にとっても、「いかにして快適に働ける環境を整えるか」が主要な課題となりつつある。
そんな中、近年の研究により、企業における従業員の健康問題に関わるコストとして、「プレゼンティーイズム」(出勤はしているが、体の不調などのせいで仕事がはかどらないこと)によるコストが、医療費・薬剤費や「アブセンティーイズム」(欠勤・病欠)によるコスト以上に大きいことが分かってきた。
プレゼンティーイズムとは、従業員が、出勤してはいるが「だるい」「どこかが痛い」といった体の不調のため仕事がはかどらず、本来発揮されるべきパフォーマンス(職務遂行能力)が低下している状況を示す言葉。分かりやすくいえば、仕事がはかどらないことによって生じる「はかどらない損失」のことだ。
会社を休んでいたら仕事ができないのは当然だが、出社していても、体調不良のためにいつもなら2時間でできる仕事が4時間かかったとすれば、その分が損失となる。ある研究によると、企業における従業員の健康問題に関わるコストのうち、医療費・薬剤費は25%、アブセンティーイズムは11%を占めるのに対し、プレゼンティーイズムは64%を占めるという(*1)。
「プレゼンティーイズムは様々な疾患や病態によって生じますが、日本人労働者約1.2万人を対象にした調査では、その中でも特に、精神関連症状(うつや睡眠障害)と、筋骨格系障害(腰痛や肩こりといった体の痛み)の2つが、大きな割合を占めていることが分かりました。腰痛や肩こりなどの体の痛みは、がんなどの深刻な病気よりも患者数が圧倒的に多いうえに、体の痛みだけで仕事を休む人は少なく、我慢しながら働く人が多いためです」と五十嵐さんは言う。
働く人の「痛み」は、1週間で4.6時間の損失を生む
日本では成人の4人に1人が慢性的な痛みを抱えているとされ、部位としては腰と肩が群を抜いて多い(*2)。しかも年代別の慢性疼痛(とうつう)有病率を見ると30代、40代の働き盛りに多くなっている(*3)。「痛みをもたらす疾患は、程度の差はあっても普段通りの生活が送れなくなることには違いなく、生産性への影響は想像以上に大きいと考えられます」(五十嵐さん)
海外調査では、肩こりや腰痛などをはじめとする慢性疼痛による勤務時間の損失は1週間で平均4.6時間に及ぶとの試算もある(*4)。こうした海外研究の結果を日本の職場環境に適用すると、経済損失は1兆9000億円以上に上るという研究もある(*5)。
*2 矢吹省司 日本における慢性疼痛保有者の実態調査―Pain in Japan 2010より 臨床整形外科 2012年;47巻2号
*3 Nakamura M,et al. J Orthop Sci. 2014;19:339-350.
*4 Stewart, W.F.,et al.JAMA. 2003;290(18);2443-54.
*5 Inoue S.,et al. PLoS One. 2015;10(6):e0129262.
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