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最近よく聞く「多発性硬化症」ってどんな病気?

20~30代女性に多く、「見えにくい」「感覚が鈍くなる」など多彩な症状

 大橋高志=東京女子医科大学八千代医療センター神経内科准教授

近頃、テレビのチャリティ番組などで見聞きする「多発性硬化症」という耳慣れない病名。いったいどんな病気なのでしょうか。多発性硬化症に詳しい、東京女子医科大学八千代医療センター 神経内科准教授の大橋高志先生にお話を聞きました。

脳や脊髄の神経が損傷される病気

「多発性硬化症」とは、どんな病気なのでしょうか。

大橋 「多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)」は、脳や脊髄、視神経などの中枢神経に炎症が起こり、多様な神経症状(視覚障害、感覚低下など)を繰り返しながら進行していく病気です。様々な研究が進んでいますが、現在のところ根治する方法はなく、国の指定難病の1つになっています。

 発症の原因もまだ解明されていませんが、免疫の働きが関係していると考えられています。何らかのウイルスが体内に侵入してきたとき、通常は外敵から体を守るために免疫の仕組みが働いて、血液中のリンパ球が、ウイルスに攻撃をしかけます。ところが、ウイルスではなく、自分自身の組織を攻撃してしまうことがあります。これを「自己免疫疾患」と呼び、多発性硬化症も自己免疫疾患とされています。

 多発性硬化症は、脳や脊髄の神経を覆っている髄鞘(ずいしょう:ミエリンとも呼ぶ)が免疫に攻撃されることで、炎症を起こして脱髄(だつずい)という状態になり、様々な神経症状が現れます。これは電線にたとえてみると、分かりやすいかもしれません(図1)。

図1◎ 正常の神経と損傷された神経
神経細胞から伸びる軸索(じくさく)を覆う髄鞘(ずいしょう)が損傷されることで、電気信号(赤い矢印)がスムーズに伝わらなくなってしまう。
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 中枢神経は、神経細胞から伸びる電線のような軸索(じくさく)を通して、電気信号を伝達し、脳に感覚を伝えたり、脳から体を動かす指令を送ったりしています。電線はショートを防ぐために絶縁体で覆われていますが、中枢神経も同じように、絶縁体の役割を果たす髄鞘に覆われています。免疫が髄鞘を攻撃すると、炎症を起こして脱髄になります。いわば、絶縁体がはげ落ちて、電線がむき出しになった状態です。そのため、“漏電”が起こり、電気信号がスムーズに伝えられなくなり、いろいろな症状が現れるようになるのです。

多発性硬化症の症状は多岐に渡る

例えば、どんな症状が現れるのでしょうか。

大橋 多発性硬化症の症状は実に多岐にわたります。大脳、小脳、脳幹、視神経、脊髄のどの場所に脱髄が起こるかによって、症状の現れ方やその程度は人それぞれです。脱髄は中枢神経のあちらこちらに発生しますので、毎回異なる症状が出ることもあります。さらに、脱髄は修復されてはまた繰り返し起こるので、症状も出たり治ったりを繰り返します。

 多発性硬化症の患者さんによく見られる症状には、次のようなものがあります。

表1◎ 多発性硬化症によく見られる症状
感覚障害しびれやうずき、首を前に曲げた(または顎を引いた)ときに感電したようなしびれが走る(レルミット徴候)、温度が分かりにくい、感覚が鈍るなど
運動障害手や足に力が入らなくなる、歩行や運動がしづらくなるなど
視覚障害視力が低下する、視界がぼやける、視野が欠ける、ものが二重に見える、色の区別がつきづらくなるなど
疲労動くとすぐに疲れる、1日中極度の疲労感がある、いきなりスイッチを切ったように動けなくなるなど
痛み腕、下肢、胴体、顔に、チクチクと針で刺すような痛み、ヒリヒリと焼けつくような痛み、キリキリと締めつけられているような痛みがある、手足を動かすと痛みを伴って突っ張る(有痛性強直性けいれん)など
平衡機能障害・ふるえふらついてまっすぐ歩けなくなる、手を動かしたときに震えるなど
認知機能・感情障害記憶力・集中力・判断力の低下、抑うつなど
排尿障害頻尿、急に尿意をもよおす、尿が出にくい、漏らすなど
性機能障害勃起不全、射精不十分、感覚の低下など

 多発性硬化症の症状の出現頻度について調べた研究から、上記のうち、「感覚障害」「運動障害」「疲労」の頻度が高いことが示唆されています。

 また、多発性硬化症の患者さんに特徴的な「ウートフ現象(温浴効果)」と呼ばれるものもあります。これは、脱髄した部分が温度の影響を受けやすくなるために、運動、入浴、発熱、温かいものの飲食などで体温が上昇すると、一時的に症状が現れたり、悪化したりする現象です。これは一過性のものなので、体温が下がると元に戻ります。

確定診断は神経内科でされることがほとんど

本当にいろいろな症状が現れるのですね。ただ、例えば、疲れは日常で感じることもありますし、しびれや視覚の問題などはほかの病気で起こることもあります。区別が難しいと思うのですが、どのようにして、多発性硬化症と診断されるのでしょう?

視力が低下する、感覚が鈍くなるなどの症状が現れても診断までに時間がかかることがあります。(©habun-123rf)

大橋 確かに、これらの症状から、患者さん自身が多発性硬化症を疑って受診することはまずありません。多発性硬化症は神経内科の領域ですが、例えば、しびれや歩行障害があれば整形外科や脳外科、視覚に問題があれば眼科といった具合に、最初は症状に近い診療科にかかることがほとんどです。

 診断の決め手となるものとして、脳や脊髄のMRI(磁気共鳴画像診断装置)検査が挙げられます。MRIでは炎症を起こした部分が、白く特徴的に映し出されます。これが多発性硬化症に典型的な所見であれば、ほぼ判断がつきます。ただし、多発性硬化症と似た症状や画像所見の病気も多いので、その可能性を除外するために、髄液検査や血液検査といったほかの検査も行ってから診断を確定することになります。

 神経内科以外の科を受診した場合も、脳や脊髄のMRI検査をして、多発性硬化症らしき所見があれば、神経内科に紹介されることもよくあります。

 一方、見えにくさを感じても受診しないで治ってしまったり、しびれなどが出て整形外科を受診しても、レントゲン写真で異常がないとされたりする経過をたどり、なかなか多発性硬化症にたどり着かないケースもあります。また、MRI検査で疑わしい所見が見られても、確定診断に至らない場合は、繰り返しMRI検査をして変化を確認することが必要になることもあります。場合によっては診断までに時間がかかることも覚えておいてほしいと思います。

多発性硬化症と診断されると、どのような経過をたどるのでしょうか。

大橋 患者さんの多くは、初めて症状が出たあと、症状が一時的に改善する「寛解(かんかい)」と、症状がひどくなったり、新たな症状が出たりする「再発(急性増悪)」を繰り返し、その後、徐々に症状が悪化していきます。

 再発と寛解を繰り返すものの、症状の進行が見られない時期は「再発寛解型MS」と呼ばれ、症状が徐々に悪化して進行するようになると「二次進行型MS」と呼ばれます。再発寛解型MSと診断された患者さんのうち、約8割が二次進行型MSに移行するといわれています。ただ、経過は人によって様々で、再発の間隔も異なります。おおよその目安では、10~20年程度で二次進行型MSに移行していくことが多いようです。その間、脳の萎縮も徐々に進んでいくので、認知機能なども低下していきます。

【MSのタイプと症状の現れ方】

  • 再発寛解型MS

     急に症状が現れるが、再発と再発の間では寛解している。後遺症が残ることがあるが、明らかな症状の進行はみられない。二次進行型MSに移行するまでに10~20年かかる。

  • 二次進行型MS

     再発寛解型の後、徐々に症状が進行していく段階。

  • 一次進行型MS

     再発寛解の時期を経ず、初期から病状が徐々に進行していく。進行が一時止まったり、わずかに改善したりすることがある。

多発性硬化症の治療法にはどのようなものがありますか。

大橋 現在のところ、根治にいたる治療法は確立されていません。ただ、早期に診断することで、再発を抑えたり、進行を遅らせたりすることはできます

 症状が激しく出ている再発期(急性増悪期)には、病巣の炎症を抑える高用量のステロイドの点滴を行うのが一般的です。症状が治まっている寛解期には、再発や進行を抑えるために、インターフェロンβという注射剤などでの治療を行います。

 近年ではグラチラマー酢酸塩(商品名コパキソン)が発売、フマル酸ジメチル(テクフィデラ)が承認される予定であり、治療の選択肢は広がっています。

多発性硬化症の発症は20~30代の女性に多い

多発性硬化症はどんな人に発症しやすいのでしょう。

多発性硬化症を発症しても仕事を続けることは可能?(©Ferli Achirulli-123rf)

大橋 多発性硬化症の患者数は全世界で約230万人といわれています。欧米に多い疾患ですが、日本では約1万4000人の患者さんがいると報告されています。20~30代での発症頻度が高く、男女比は1:2~3で、女性の方が多いのも特徴です。

 多発性硬化症の発症には遺伝子の関与が分かっているものの、病気そのものが遺伝するわけではありません。環境など、外的な要因も関わってきます。

 例えば、EBウイルスがその一例です。EBウイルス自体はありふれたウイルスで、日本人の場合は3歳までに約70%が感染し、成人では約90%の人がすでに感染しているといわれていますが、幼児期ではなく、青年期に感染した人に発症しやすいようです。喫煙や受動喫煙も要因となります。

 そのほか、日照時間や紫外線量が少ない地域で患者さんが多く、15歳までに日光を多く浴びていないと、発症率が高まるといわれています。ビタミンDの摂取量が多い人や、血清ビタミンDの濃度が高い人は発症しにくいというデータもあります。また、日本ではMS患者さんが増加しており、食生活の欧米化の影響も示唆されています。

働き盛りの20~30代で発症することが多いそうですが、もし発症した場合、仕事を続けることは可能なのでしょうか。

大橋 発症の初期では、症状の回復が比較的よく、日常生活や仕事にそれほど支障が出ないことが多いです。再発も1年に1回あるかどうかで、治療をする場合は外来で点滴を受けることが一般的です。ただ、患者さんの症状や体調、施設の環境などによっては、入院が必要になる場合もあります。

 再発を繰り返していると、歩行障害や認知機能障害なども進んでくるので、仕事がスムーズに捗らない、覚えられないといったことがあり、就労は難しくなってくるでしょう。

私たちが心がけておくことはありますか?

大橋 多発性硬化症は1万人に1人程度と、決して多い病気ではありません。そのため、病気そのものが知られていない実情があります。ですから、まずは多発性硬化症という病気があることを知ってほしいと思います。

 病気がよく知られていないため、職場で話しづらいという患者さんの声もよく聞きます。発症の初期でも、疲労を感じる患者さんは多く、すぐに疲れてしまう、立ち仕事がつらいなどで休憩が必要でも、怠けていると思われてしまうこともあるようです。見た目には病気だと分からないことが多いため、やはり、周囲の認知・理解が求められます。

(聞き手:田村知子=フリーランスエディター)

大橋 高志(おおはし たかし)さん
東京女子医科大学八千代医療センター神経内科准教授
1988年北海道大学医学部卒業後、東京女子医科大学神経内科入局。93年国立精神・神経センター神経研究所および96年米ハーバード大学医学部で多発性硬化症を研究。公立昭和病院神経内科医長を経て、2002年東京女子医科大学神経内科助手。2006年同大学八千代医療センター神経内科講師、14年から現職。日本神経学会代議員・専門医、日本神経免疫学会評議員、日本多発性硬化症協会医学顧問、認定特定非営利活動法人MSキャビン副理事長。