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世界初、失われた陰茎が移植で回復

脳死ドナーからの移植後3カ月で全ての機能が回復

 大西淳子=医学ジャーナリスト

 2014年12月、南アフリカ共和国の医師たちが、陰茎を失った21歳の若者に、脳死者から提供された陰茎を移植する実験的な治療を行いました。患者と医師たちは、その後たった3カ月で、移植された陰茎が、あらゆる面において正常に機能することを確認しました。この画期的なニュースは世界中で驚きをもって受け止められています。

南アでは年に250人程度が陰茎切除を余儀なくされている

患者は陰茎移植後3カ月で排尿と生殖の機能を取り戻した。(©XiXinXing / PIXTA)

 世界初の成果を生んだのは、南アフリカ共和国Stellenbosch大学泌尿器科の教授であるAndre van der Merwe氏に率いられた、同大学とTygerberg病院の医療チームです。手術の成功は、南アフリカ共和国の医療の質が高いことと、南アフリカ共和国では患者中心の医療が実践されていることを示すよい例だ、と研究者たちは考えています。

 これまで、陰茎を失った患者が外科的治療を望む場合には、陰茎再建術が行われてきました。これは、本人の腕から皮膚や筋肉を採取し、陰茎の形に整形して元の位置に植える治療です。シリコン製などのプロテーゼ(支柱)を入れれば性交は可能ですが、日常生活において煩わしい、または、操作が難しい、といった欠点を持ちます。体内に異物を挿入するため、合併症が発生する可能性もあります。

 同大学が2015年3月13日に発表したリリース(*1)によると、手術は2014年12月11日に、Tygerberg病院で9時間をかけて行われました。

 対象となったのは、3年前に受けた割礼後に深刻な合併症を発症し、生命を守るために陰茎を切除された21歳の男性です。

 南アフリカ共和国の一部の種族は、伝統的な成人儀式の一環として割礼を行います。不衛生な環境で、日常生活に用いられる刃物を使って行われる割礼によって、傷口の感染などの合併症が頻発し、毎年何人もの若い男性が陰茎切除を余儀なくされています。

 伝統儀式に起因する陰茎切除が年間にどのくらい行われているかに関する正式なデータはありませんが、ある研究は、東ケープ州(2011年の人口は656万人)だけでも、多い年には55人が切除手術を受けていると述べています。専門家は、南アフリカ共和国全体では、毎年250人程度に陰茎切除が行われていると推測しています。陰茎が機能しないばかりか、下腹部の外見が大きく損なわれていることは、18~19歳の男性の心に深い傷を負わせます。切除後に自殺した若者もいます。

 van der Merwe氏らは、おそらく陰茎移植のニーズが世界のどの国よりも高い南アフリカ共和国で、陰茎移植の技術を確立するための研究を2010年から進めており、今回の手術もその一環として行われました。同様の手術があと9人の患者に対して行われることになっています。研究者たちは、将来的には、陰茎移植は陰茎がんの切除を受けた患者などにも適用できる可能性があると考えています。

移植後3カ月以内に全ての機能が正常化

 さて、今回の脳死ドナーは、心臓、肺、腎臓、肝臓、皮膚、角膜とともに、陰茎も提供してくれました。医師たちは、顕微手術により、提供された陰茎と患者の陰茎の断端の、いずれも直径1~2mmの血管と神経をつなぎ、さらに尿道と海綿体もつなぎました。

 移植手術の目的は、陰茎が排尿機能と生殖機能の全てを回復することにあり、医師たちは、完全に機能するようになるまでには2年程度かかると予想していましたが、3カ月以内に全ての機能が正常化しました。この結果は、術後に速やかな機能回復が可能であることを証明するとともに、若い男性患者の人生を大きく変えました。

免疫抑制剤でがんや感染症のリスクが上昇

 が、患者は、移植された陰茎に対する拒絶反応を防ぐために、生涯にわたって免疫抑制剤を使用しなければなりません。免疫抑制剤には何種類かありますが、どれを使用しても、様々な副作用(腎臓、心臓への悪影響や、糖尿病、高血圧リスクの上昇、食欲不振、吐き気、下痢など)が生じる可能性があります。もちろん免疫を抑制するので、感染症にかかりやすくなります。そのため、ウイルス性のがん(一部のリンパ腫や、肝炎ウイルスによる肝臓がんなど)を発症するリスクも上昇します。さらに近年、臓器移植後の患者では、ウイルス感染とは無関係な、肺がんや腎臓がん、皮膚がん、甲状腺がんなどのリスクも高まることが明らかになっています。全体として、移植患者のがん発症リスクは、一般の人々の2~4倍になると報告されています(*2)。

*2 Engels EA, et al. Spectrum of Cancer Risk Among US Solid Organ Transplant Recipients. JAMA 2011;306(17):1891-1901. doi:10.1001/jama.2011.1592.

 それゆえ、命にかかわらない臓器移植の場合には、基本的に、移植によって得られる利益と免疫抑制剤がもたらす害のバランスが考慮されます。たとえば先頃、世界で初めて子宮移植を受けて妊娠・出産に成功した女性の場合には、移植を行ったスウェーデンGothenburg大学のMats Brannstrom氏らが提示した「医学的な理由から、移植子宮は最大で2回の妊娠に成功した後に摘出する」という条件に同意したうえで手術を受けました(*3)。

術後、患者のガールフレンドが妊娠

 今回、南アフリカ共和国で陰茎移植を受けた患者の陰茎がいつまで、拒絶反応なしに機能する状態を維持できるかは、全くわかりません。が、さらにうれしい驚きもあったようです。van der Merwe氏は2015年6月に、米CNNのインタビューに答えて、「患者のガールフレンドが妊娠4カ月で、11月には出産する予定だ」と述べたとのこと。患者は術後1年たたずに、父親になれそうです。

 日本では、臓器移植は主に、移植以外に生きながらえる方法のない患者の「命を救う」ために行われています。陰茎の喪失は、生命には影響せず、障害について他人に知られることもほとんどない状態ではありますが、男性本人にとっては「死ぬよりもずっと辛い」ことではないでしょうか。たとえ、その後に感染症やがんになったとしても、正常に機能する陰茎がほしい、という気持ちに応える医療もまた、患者の「命(人生)を救う」ように思います。

*3 Brannstrom M, et al. Livebirth after uterus transplantation. Lancet. 2015; 385:607-616.