医師がてんかんになったら、どうなる?
中里信和(東北大学てんかん科教授)
去る8月16日の夜に、東京・池袋の繁華街で乗用車が暴走し、通行人を死傷させた事故。この事故で車を運転していて逮捕された医師に、てんかんの持病があることが報道されました。仕事がら、医師がてんかんになるケースを見聞きしているという東北大学てんかん科教授の中里信和さんは、「医師がてんかんになると、治療に難儀しやすい」と語ります。
先日、東京都豊島区のJR池袋駅近くで乗用車事故が起き、てんかんを罹患している医師が逮捕されるという事件がありました。最初にお断りしますが、このコラムの内容は、特定の個人や事件を対象とはしていませんし、この事故に関しては、真相が解明されてからコメントすべきものと考えておりますので、ここではこれ以上触れません。
とはいえ、この事故の直後から、多くの方々に同じようなコメントを頂戴しました。「医師でもてんかんになるんだね」ですとか、「医師ならきちんと治療を受けるだろうし、主治医の言うことも守るよね」と。私は仕事がら、医師がてんかんになるケースを見聞きしています。一般の方々のてんかん診療に対する誤解を解く良い機会と考えて、本稿を書かかせていただきたいと思います。
さて、てんかんは100人に1人が有する疾患で、脳をお持ちなら誰でも、何歳からでも発症する可能性があります。「○○がてんかんになったら」というコラムは何万通りも書けます。
では、「医師がてんかんになったら」、どうなるでしょうか。治療に難儀しやすいことは、同業者ではよく知られた事実です。
内科勤務医で40歳代のAさんが自宅で全身けいれんを初発しました。救急外来から神経内科医に移り、画像検査や脳波で異常がないことから経過観察になりました。1カ月後に2度目の全身けいれんがあったので治療開始となりました。
しかし、ここからが問題です。てんかん専門医が詳細な病歴を聴取した上で病型別に治療薬を選ぶのであれば良いのですが、医師自身が罹患している場合はかなりの医師が自己判断で自分の知っている薬を処方しがちです。私がかつて医師(=患者)を診察した際にも、専門外なのに自分で薬を選んだ方がいました。服薬法を自己調整して失敗した方になると、かなりの数です。日本ではバルプロ酸を処方する医師が多いということは以前のコラムで書きました。もしAさんが全般性てんかんであれば再発する可能性は低いのですが、局在関連てんかんなら心配です。疫学的には後者の確率が3倍ほど大きいのです。
医師の家族がてんかんになると
家族がてんかんになったことで大騒ぎになった事例が多数あります。外科勤務医であるBさんの20歳代のお嬢さんが、側頭葉てんかんであることが判明しました。娘に対し、Bさんは「てんかんの薬を飲むのだから妊娠してはいけない」と説明したそうで、娘本人とその母親は私の外来に悲壮な表情で訪れたのでした。
あれから数年、Bさんには2人目のお孫さんが誕生しました。お嬢さんはもちろん発作ゼロです。
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