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巨泉さんモルヒネ報道の悪影響を懸念する

 廣橋 猛=永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長

 大橋巨泉さんが82歳で亡くなりました。巨泉さんが残した功績は大きく、その死を悼む報道が続いています。その中で、医師として見過ごせない報道がありました。「モルヒネ系鎮痛薬の誤投与で体力を奪われた」という趣旨の報道です。

 「在宅介護中に処方されたモルヒネの誤投与により状態が悪化した」とご遺族は述べられました。経緯がどうであったかは分かりません。本当に適切ではない量の処方だったのかもしれませんし、医師と患者家族のコミュニケーション不足があったのかもしれません。いずれにせよ、巨泉さんとご遺族が「誤投与された」と思っていたのは事実のようです。

 モルヒネをはじめとする医療用麻薬は、がん患者の疼痛に対して「適切に」用いることで、極めて安全に苦痛を緩和することができます。この「適切に」というところがポイントで、疼痛の評価をしっかりとした上で、医療用麻薬が必要であると判断された場合に、正しく処方する必要があります。

 そして、詳しい使用方法や副作用対策など、患者家族に時間を掛けて説明することが不可欠です。筆者は医療用麻薬の開始時、説明に15分〜30分掛けることも少なくありません。これだけ手間を掛けて初めて、モルヒネは医療者にとっても患者家族にとっても、安全な薬となるのです。結果的に巨泉さんのご遺族が「誤投与された」という振り返りになったということは、この「適切に」の部分や説明が欠けていたのかもしれません。

 今回、筆者が問題に感じているのは、マスコミがご遺族の言葉をそのまま強調するように報道していることです。「モルヒネ=怖いもの、体力を奪うもの」という誤解を、一般の方に与えてしまいかねないことを憂いています。

 これからがんの疼痛に対してモルヒネを開始すべき患者がいたとして、今回の報道により抵抗感を抱いてしまうのではないでしょうか。現在、がんと闘病されていて、モルヒネを使用している患者も多くいます。そのような患者や家族が今回の報道をみて、どのように思うでしょうか。

 「モルヒネを使うのは怖いことだ」「モルヒネのせいで体力が弱っている」と感じて、悲観的になるかもしれません。場合によっては、モルヒネをやめたがるかもしれません。

 マスコミは、インパクトのある記事を書かなければならないのかもしれませんが、記事が与える影響も考えてほしいと思います。例えば、巨泉さんのご遺族はこう話しているけれど、医療用麻薬は適切に用いれば安全な薬剤である、という論調まで含めて書いていただくこともできたはずです(マスコミの中には、このような配慮された記事を書かれていたものもあったことを記載しておきます)。全てのがん患者が疼痛から解放される世の中にするため、マスコミも正しく「適切な」報道をしていく責任があることを自覚してもらいたいですし、私たちも協力は惜しみません。

 さて、最後にモルヒネの影響について。巨泉さんは体力を奪われて…という受け止め方になってしまいましたが、むしろ逆に体力がついて元気になったという方も多くいることをご紹介したいと思います。

 ある卵巣がんの方は、モルヒネを「適切に」用いることで、これまでできなかった趣味に出掛けられるようになり、身体も気持ちも元気になれた、と喜んでくださいました。ある悪性リンパ腫の方は、モルヒネを「適切に」用いることで、これまでは無理と諦めていた海外旅行に出掛けることができました(注:モルヒネの海外持ち出しには、事前の申請が必要です)。

 もちろん、がんが進行すれば最終的には弱ってしまうことは避けられません。ですが、時期によっては、モルヒネが患者の生きる力を支える薬となることは疑いようのない事実です。緩和ケアは、死を待つだけではありません。『どう生きるか』を支える力だと信じています。

廣橋猛(ひろはし たけし)さん
永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長
廣橋猛(ひろはし たけし)さん 2005年東海大学医学部卒。三井記念病院内科などで研修後、09年緩和ケア医を志し、亀田総合病院疼痛・緩和ケア科、三井記念病院緩和ケア科に勤務。14年2月から現職。
この記事は、日経メディカルからの転載です。

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