日経グッデイ

トピックス

麻央さんだから自宅で最期を迎えられたのか

 廣橋 猛=永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長

 フリーアナウンサーで乳がん闘病中であった小林麻央さんが、6月22日に亡くなられました。まず、深い哀悼の意を表するとともに、ご家族に心よりお悔やみ申し上げます。現在、マスコミ各社が関連する多くの報道をされていますが、まだ悲しみの底にいるご家族が、一日も早く平穏な日々を過ごせますよう祈っています。

 さて、緩和ケア医である私は、多くの患者・家族や医療者から、この訃報に関する話題を持ちかけられました。ただ、憶測でしか書くことができない麻央さんの治療経過については、ここで一切書くことはありません。公表されているただ1つの事実、「自宅で亡くなられた」ことについてのみ触れたいと思います。

 まず、在宅緩和ケアを仕事にされている医療・介護者からは、「在宅で亡くなられることの良さ」が伝わったという感想を持つ方が多くいます。事実、市川海老蔵さんが会見で自宅で見送ったことについて問われ、「それはとても良かったと思います。(中略)私の父は病院で亡くしているので、病院のときとは違う、家族の中で家族とともに一緒にいられた時間っていうのは、本当にかけがえのない時間を過ごせたと思います」とお答えになりました。

 麻央さんのように、恐らく難しい疼痛を抱える末期がんの方でも、本人や家族が望めば、自宅で過ごし、自宅で最期を迎えることができるという事実は、ぜひ多くの方に広まってほしいと私も思います。

 一方、様々な理由から、自宅ではなく病院で亡くなるという選択をされる方も多くいらっしゃいます。どこで最期のときを迎えるのがよいかは、それぞれの価値観であり、それぞれの判断を尊重することもまた大切です。もし、自宅で亡くなることが一番という考えがあるとしたら、それは価値観の押し付けであり、病院で亡くなる方が後ろめたさを感じることのないようにお願いしたいと思います。それぞれの患者や家族が、そのときの状況で望む最期の迎え方ができればよいのです。まさに、病院でも在宅でも、患者の望む場所で支える二刀流の緩和ケア医が最も大切にしていることです。

 次に、自宅で亡くなられたことについての一般市民からの声です。少なくない意見として、「麻央さんは有名人でお金持ちであったから、ぜいたくな支援を受けることで、自宅で亡くなることができた。一般人では無理」という趣旨のものがありました。これらは記事やブログへの書き込みなどで多く見られた主張であり、多数派の声かどうかは甚だ疑問です。しかし、このように考えてしまう方が少なからずいるのもまた事実でしょう。麻央さんの在宅医療がどのようなケアプランでなされたのかは分かりませんが、私はこういった声に異を唱えたいと思います。

芸能人やお金持ちでないと無理ということは決してない

 麻央さんがどうだったかではなく、一般論として述べます。少なくとも自宅での医療用麻薬の管理や点滴、カテーテルの管理などは、病院と同様に行うことができます。痛みが強くなったり、口から薬を飲むことが難しくなったりしたときに用いる、医療用麻薬の持続注射も自宅で安全に行えます。このような経験に長けた在宅医が関わることで、終末期がん患者の苦痛緩和に必要な治療は、自宅でも病院とほぼ同様に行うことができます。

 在宅医療の方が、質が劣るということは全くありません。日々の生活の支援をしている訪問看護も、末期がんの方であれば必要なだけ受けることができます。私が訪問している看取りが近い患者には、限られた時間ではありますが、毎日のように訪問看護が入ってくれています。そして、これら医師や看護師の訪問は、全て医療保険を用いることができます

 一方で、麻央さんのように40歳未満の場合、末期がん患者であっても介護保険サービスを用いることができません。ここは若いがん患者の在宅療養の障壁になっており、今後の課題です。もし介護者が不在であれば、自宅療養が困難となる可能性はあります。ただ、麻央さんの場合はご両親やお姉さん(小林麻耶さん)がいらっしゃったと推察されます。ご家族が付き添える環境であれば、医師や看護師のサポートの下、しっかり介護することができるはずです。

 以上から、一般的に麻央さんのような状況に置かれたとしても、自宅で過ごしたいという気持ちとサポートがあれば、芸能人やお金持ちでないとかなわないということはありません。ただし、病院と違って、医療者の誰かがすぐ駆け付けられる環境とはいえませんので、家で亡くなることの覚悟が求められます。

 麻央さんが在宅で亡くなったことが、一般市民にとって在宅医療を知るきっかけとなり、人生の最期の過ごし方について幅広く考えるきっかけになればよいなと思います。繰り返しになりますが、家で過ごしたい患者や病院の方が安心できる患者、自宅で看病できる家族や介護できない家族。それぞれいます。終末期医療に関わる医療者は、それぞれの患者や家族が希望する場所で、人生の最期を安心して過ごせるように支援していかなければなりません。

廣橋猛(ひろはし たけし)さん
永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長
廣橋猛(ひろはし たけし)さん 2005年東海大学医学部卒。三井記念病院内科などで研修後、09年緩和ケア医を志し、亀田総合病院疼痛・緩和ケア科、三井記念病院緩和ケア科に勤務。14年2月から現職。
この記事は、日経メディカルからの転載です。