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デキる戦国武将は自律神経の切り換えに長けていた!?

「真田丸」登場の戦国武将にみる 健康寿命を延ばすコツ【後編】

 二村高史=フリーライター

戦国時代の武将、真田信繁(幸村)を主人公にしたNHKの大河ドラ マ「真田丸」。そこに登場する優れた戦国武将たちは、医学も進歩していなかった時代になぜ長生きできたのだろうか。現代人にも大きな参考になる健康長寿の秘訣について、前回(「優れた戦国武将はなぜ健康寿命が長かったのか」)に引き続き、食文化史研究家の永山久夫さんにうかがった。

戦いの直後に開かれた「茶会」の本当の意義とは?

お茶によって自律神経のモードを切り替えていた!?(©Brent Hofacker 123-rf)

 戦国時代は感染症も多かったはず。それなのに、武将たちはどうやって長生きすることができたのだろうか。

 「医学が発達していない戦国時代で生き残るには、病気になりにくく、もしなっても早く治る体にする必要がありました。それには、栄養状態をよくすることに加えて、自律神経の切り換えをうまくできるかどうかが重要なポイントだったと考えられます」と永山さん。

 緊張の連続が続いたであろう戦国の世の中では、自律神経のうちの交感神経が常に刺激されている状況だったと考えられる。交感神経優位の状態が続くと、血管の収縮、高血糖、炎症の拡大、リンパ球の減少などが起きて、病気にかかりやすく治りにくい体になりがちだ。また、興奮状態が続くことで、ささいなことで不安や不眠に襲われ、判断力が鈍る原因ともなる。そんなことでは、戦国時代で生き残るのは難しいだろう。

 「この時代、戦いの直後によく茶会が開かれたのは、興奮した神経を鎮める目的があったのではないかと思います。現代では、抹茶に多く含まれるカテキンには血圧上昇を抑える作用、テアニンにはリラックス作用や抗ストレス作用があることが知られています。また、甘い茶菓子には疲労回復効果やリフレッシュ効果があります。戦国の武将たちは、茶会を開くことで副交感神経が優位な状態に切り換えられることを、経験的に知っていたのではないでしょうか」(永山さん)

 実際に武将たちが何を意識して茶会を開いたかは今となっては想像の域を出ないが、自律神経の切り換えの大切さは、常にストレスにさらされている私たち現代人も常に意識し続けるべきだろう。

93歳まで生きた真田信之の健康長寿の秘訣

 では、93歳まで生きた真田信之の長寿の秘訣はどこにあったのだろうか。その大きな理由の一つもまた、信之が生まれ育った信濃国の伝統的な食生活にあるのではないかというのが永山さんの考えである。

 「信州というと粗食のイメージが強いのですが、上田城のあった周辺では鹿狩りをしていたといい、動物性タンパク質を豊富にとっていたと考えられます。上田から松代へ移る際には、茶道具や狩猟道具を持参したという記録が残っています。もちろん、信州味噌をはじめとした発酵食品も十分にとっていたことでしょう。さらに、記録にはありませんが、おそらくそばも食べていたことと思います。現代とは違って、そばがきのような形で食べていたでしょうが、そばには血液の循環をよくするルチンが含まれていて、老化防止に効果があります」

 また、当時の信濃川・千曲川には鮭が大量に遡り、全国屈指の鮭の産地として知られていたという。

 「上田や松本まで鮭が遡り、領主に献上されたという記録が残っています。サケは貴重な動物性タンパク源であるとともに、抗酸化力の強いアスタキサンチンが含まれており、健康維持に大きな効果があります」(永山さん)

家康が16人も子をつくれたワケ

 「真田丸」を見ると分かるように、真田家は弱小勢力であるために、戦国の世で生き延びるには苦労の連続であった。家康の養女である小松姫を妻にしていたことから、信之は徳川方の東軍についたが、父昌幸と弟信繁は西軍につくこととなる。いわば両天秤をとったことは、弱小勢力としてはやむをえない選択だったろうが、かなりストレスがたまったに違いない。それでも、信之はしたたかに振る舞い、健康に93歳まで生きた。そして、真田家も幕末まで残ることができたのである。

 永山さんは言う。「私自身はすでに80歳を過ぎましたが、思い返してみると、50歳まではとくに健康を考えなくても、若さの力でなんとかなるものです。でも、そこで無茶をしてはいけません。40代、50代のうちから、食生活を含む生活習慣を考えるべきだということを、私は戦国の武将たちから学びました」。

 戦国大名には、年を取ってから子どもをつくった人も珍しくない。家康は全部で16人の子どもをつくったというが、一番下の市姫は66歳のときの子だった。こうしたことができたのも、健康に気をつけていたからにほかならないだろう。

 「現代は、人生90年の時代。50歳になっても、あと40年残っているわけです。健康でなければ生き残れないのは、戦国時代だけではありません。ぜひ90年の計で食生活を考えてほしいと思うのです」と永山さんは締めくくった。

 大河ドラマでは、食べ物についても厳密に時代考証がなされているという。はたして登場人物がどのようなものをどのように食べているのか、いつもとは違う視点から大河ドラマを見る楽しみが増えた。

※文中に出てくる人物の年齢は数え年。生年や没年は『日本史人物総覧』(新人物往来社)、『世界人名辞典 日本編』(東京堂出版)に基づく。
永山久夫(ながやま・ひさお)さん
食文化史研究家
永山久夫(ながやま・ひさお)さん

1934年、福島県生まれ。古代から明治時代までの食事復元研究の第一人者。長寿食や健脳食の研究者でもあり、長寿村の食生活を長年にわたり調査している。著書に『永山豆腐店-豆腐をどーぞ』(一二三書房)、『頭イキイキ血液サラサラの食事術』(講談社+α新書)、『和食の起源』『日本人は何を食べてきたのか』(青春出版社)、『万葉びとの長寿食』(講談社)ほか多数。食文化研究所、綜合長寿食研究所所長。西武文理大学講師。