日経グッデイ

トピックス

がん放置を勧める「近藤理論」を放置してはいけない

日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授・部長/外来化学療法室長 勝俣範之氏

 小崎丈太郎=日経メディカルCancerReview

出典:2016年4月12日、日経メディカルCancerReview(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

近藤誠医師(近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来所長、元慶應義塾大学医学部放射線科講師)が提唱する“がん放置理論”を信じて、せっかく早期で発見できたがんを進行がんにしてしまう患者が後を絶たない。学術論文を引用しながら標準的治療の効果を否定し、誤ったインフォームドコンセントを広げる近藤理論に専門家は断固、反論すべきだと勝俣医師は主張する。

近藤誠先生が書かれた「がん放置療法のすすめ」や「医師に殺されない47の心得」(いずれも文藝春秋)などのいわゆる医療否定本がベストセラーになっています。勝俣先生は「医療否定本の嘘」(扶桑社)や「『抗がん剤は効かない』の罪」(毎日新聞社)を発表され、近藤先生の主張を徹底的に批判されています。

勝俣 近藤先生の主張は、がんの手術は寿命を縮めるだけ、抗がん薬は効かない、検診は無意味、がんは本物とがんもどきに分かれる――というものです。がんの臨床試験には不正があるとも言っています。つまりがんの標準治療の完全な否定です。

 トラスツズマブ(*1)の臨床試験ではカプランマイヤー曲線(*2)が上に凸なので不正があったと主張しています。もし事実なら世界中で不正な乳がん治療が実施されていることになりますから大問題なはずです。僕は近藤先生が根拠として挙げている論文を読みましたが、不正な研究ではカプランマイヤーの曲線が凸になるとはどこにも書いていないのです。

*1 がんの細胞表面のHER2(ハーツ―)と呼ばれるたんぱく質だけに作用して、がん細胞の増殖を阻害する抗がん剤。「ハーセプチン」という商品名で2001年発売。
*2 時間経過に伴う生存率などの推移を示した曲線。治療効果を評価する際に使用する。

近藤先生の「医師に殺されない47の心得」という本は140万部売れたそうですが、臨床現場で影響はありますか。

勝俣 ある乳がん患者さんは、最初に近藤先生に診療してもらったときはステージ2だったのですが、検査のみで経過観察しているうちに臓器に転移してステージ4という状況になって、僕のところへ来院しました。薬物療法を開始したのですが、それでも時々近藤先生のところに行って、「薬物療法は効かないし、害も大きいので止めるように」と言われると休んでしまう。でも不安なので僕のところに来て、薬物治療を継続する。結局、その方はがんが悪化し、お亡くなりになってしまいました。

近藤先生から離れられない患者さんもいるということですね。

勝俣 やはり近藤先生の方針を疑問に思っても、多くの方が半分信じています。治療をしなくてもよいという主張に希望を見いだすのでしょうね。近藤先生の本にもがんを放置しても治るとは書いていない。治療してもしなくても結果は変わらないから「死を覚悟せよ」と言っているようなものです。ところが患者さんは手術しなくても、薬物を使わなくても良くなると思っている。偉い先生が治療しなくても良いといっているので治療しなくも良くなると思っている。近藤先生はそこまできちんと説明していないところが一番の問題だと思います。

 僕のところに来た患者さんで胃がんの男性患者さんがいます。ステージ1で発見され、国立がん研究センター中央病院に行ったら、すぐ手術をしましょうという。その方は、近藤先生の著書を読んでいたので、近藤先生にセカンドオピニオンを受けに行った。すると近藤先生は「放置するに限る」というのです。放置するとがんはどんどん大きくなって、もともと幽門部(*3)近くにできたがんだったので、幽門部を塞いでしまった。嘔吐はあるし食事もできない。その状況になって、いくつかの医療機関を受診するとやはり手術を勧められる。

 水も飲めなくなった頃に僕の本に出会って、僕のところにやってきた。その方は近藤先生の本を10冊くらい読んでいて、付箋をたくさん貼っている。つまり精読しているんです。でも苦しいから僕のところに来てなんとかしてくれという。手術を勧めると手術は嫌だという。もう1時間、押し問答ですよ。これは洗脳を解く作業に近い。最終的に手術に応じてくれたので、外科を紹介しました。

 手術した後で、僕のところにお礼を言いに来てくれました。恥ずかしそうでしたが、食事も取れるようになって体重も増えて、とても元気になっていました。最初はステージ1でしたが、半年ほど放置して手術した時点ではステージ3でした。ステージ3ですから本当は術後療法として抗がん薬を使った方がいいのですが、まだ抗がん薬まではどうしても受けたくないというので、手術までしたのだからというので患者さんの意向を尊重して、薬物投与は行っていません。

*3 十二指腸につながる胃の出口の部分

学術論文を誤って引用する罪

トラススツマブも話が象徴的ですが、近藤先生の本を読むといろいろな学術論文を引用しています。

勝俣 そこです。一般の方々は論文をたくさん引用しているからすごいことを言っているのではないかと思う。我々が見れば論文の読み方が偏っていて、レベルも低い。最初から結論ありきで偏った読み方をするから間違った結論に達するのです。

 標準治療を無視して、しかもお金を取って医療を行っているというのは海外では医師免許剥奪という話になりかねないし、弁護士も黙っていないということです。僕は患者さんにも訴訟してもいいですよと言っているのですが、患者さんは近藤先生の言う事を聞き入れた自分が悪いと、自分を責める人が多く、訴訟までに至った例はありません。

 近藤先生の独特の診療スタイルなんですが、患者さんには手術は寿命を縮める、抗がん薬は効かないなどの持論を展開した後で、「あなたが決めてください」と言うのです。自分が決めたのだから、がんが進行しても、近藤先生を責める気にはなり難いようです。

インフォームドコンセントの方法に問題がありそうですね。

勝俣 インフォームドコンセントを日本に広げたのは近藤先生という人もいますが、僕から見れば間違ったインフォームドコンセントを日本に広げたのが近藤先生です。20年前に近藤先生が広めたインフォームドコンセントはいわば「患者の自己責任型インフォームドコンセント」です。医師が責任逃れのために使うといっても言い過ぎではありません。

正しいインフォームドコンセントをどのように考えていますか。

勝俣 簡単にいうとソムリエに近いと思いますね。患者さん任せにするのではなく、患者さんの話を聞き、個人個人の状況の違いを押さえた上で、この患者さんに一番適切な治療はこれではないかと示す。患者さんとうまくコミュニケーションを取りながら、一緒に考えて結論を出すことが重要です。医学的な事実はこうだ、後はあなたが決めなさいという“医師責任逃れ型インフォームドコンセント”がはびこってしまっています。

医学は不確実なもの

勝俣 抗がん薬による術後補助療法を行っていない先の胃がんの患者さんのケースでもそうですが、医学は不確実なものです。術後薬物療法を行ったからといって、再発が完全に予防できるものではありません。手術も絶対ではなく、1%の手術関連死があるということも説明しなければなりません。患者さんは怖がるし、迷うと思います。そこに絶対駄目という断定的な言い方をされれば患者さんは信じてしまう。

迷っている最中に断定されると人間は弱いですね。

勝俣 放置していいというのは患者さんにとっては楽な選択肢です。手術にも薬物療法にも放射線治療にもメリット、デメリットがありそれを天秤にかけながら患者さんに説明して、治療を進めているのが我々です。ですから断定的なことは本来、患者さんに言う事は出来ないはずです。言う事が決まっていれば、患者さんの言う事に耳を傾けることすら必要なくなります。

免疫細胞療法をどう見るか

免疫細胞クリニックの免疫細胞治療(*4)をどのように見ていますか。

勝俣 近藤先生と同様なところは、科学的エビデンスのないことを推奨している点です。抗がん薬に免疫療法をプラスすると副作用が減り、効果も高まるとうたっているクリニックがありますが、そのようなデータはありません。併用を推奨する利点は、効果が現れた場合、どちらの効果か分からないところです。

 免疫チェックポイント阻害薬(*5)を使っているクリニックもありますが、ホームページで見るとニボルマブを20mg、活性リンパ球療法と併用しますなどとうたっている。周知の通り、ニボルマブは「根治切除不能な悪性黒色腫」では1回2mg/kg(体重)を3週間間隔で投与します。「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」の適応では1回3mg/kg(体重)を2週間間隔で投与します。一律、20mgの投与では十分な効果が期待できません。

 近藤先生の場合はお金の負担はそうでもないけれども、免疫療法クリニックの場合は貯金をはたいて何百万円も使うわけですから、罪はこちらの方が重いと言えます。

 こうした医療が幅を利かせる点について標準治療を推奨する側にも反省すべき点があります。

*4 患者のリンパ球を取り出して体外で活性化させ、それを投与することによりがん細胞を攻撃する方法。保険は適用されない。
*5 がんによってブレーキがかかった免疫の攻撃力を回復させる治療薬。このうち抗PD1抗体のニボルバブ(商品名オプジーボ)は、一部の悪性黒色腫と肺がん患者に対して保険適用されている。

反省すべき点とはどのようなことでしょうか。

勝俣 まず根拠が希薄な医療に対して反論が十分であったかどうか。免疫細胞クリニックや近藤先生の放置療法に対して反証を挙げて、国民に情報提供して来なかった。国立がん研究センターや学会が行ってもいいはずです。これはメディアも同じです。また近藤先生の極端な主張が国民の一部に支持されている背景には身近にがんの治療で苦しんだ人がいる方も多い。十分な緩和ケアを受ける事なく、過剰な抗がん薬や過剰な治療をされてQOLを損なった方を見て来た方も多いはずです。だから近藤先生の意見にも正しい部分はある。しかし一部に共感して全部信じてしまうから間違った方向に行ってしまう。国民の皆さんには、十分に気をつけてくださいと言いたいのです。

(写真撮影:清水真帆呂)

勝俣範之(かつまたのりゆき)氏
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授・部長 外来化学療法室長
勝俣範之(かつまたのりゆき)氏 1963年山梨県富士吉田市生まれ。88年富山医科薬科大学医学部(現、富山大学医学部)卒業。88年徳洲会病院で研修開始。92年より国立がんセンター(現、国立がん研究センター)レジデント。自ら、内科各科を研修し、血液腫瘍、骨髄移植、婦人科化学療法に従事。97年に同病院内科スタッフとなる。2011年10月日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授に就任、現在に至る。
この記事は、日経メディカルに掲載された記事を一部再編集したものです。

関連記事
正しいがん治療情報を掲載しているサイトは5割以下
医師が宣告する「余命」の7割は当たらない