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身近な人に「死にたい」と言われたとき、できること

自殺について考える(下)

 田村知子=フリーランスエディター

 私は精神科医になって25年以上たちますが、診察室で患者さんに「先生、もう死にたいんです」と言われると、いまだに焦りを感じます。ただ、その動揺は決して見せずに、冷静に患者さんの話に耳を傾けます。なぜ冷静に対応できるかというと、「死にたい」と口にしたからといって、「すぐに死にます」という意味ではないことが分かっているからです。

 もし身近な人に「死にたい」と言われて驚いても、まずは「すぐに死にたいわけじゃないんだ」と思って、気持ちを落ち着かせるようにしてください。「死にたい」は「死にたいくらいつらい」というSOSのサインです。それを心に留めたうえで、「TALKの原則」に従って対応するといいでしょう。

「TALKの原則」とはどんなものですか?

 「ゲートキーパー」という言葉をご存じでしょうか。直訳すると「門番」という意味ですが、自殺を防ぐ役割を果たす人のことをそう呼びます。私たち一人ひとりがゲートキーパーになるために、各自治体などで実施されている「ゲートキーパー研修」では、その基本的な対応法として「TALKの原則」が伝えられています。

 TALKとは、Tell、Ask、Listen、Keep safeの頭文字を取ったものです。

[画像のクリックで拡大表示]

 相手が「死にたい」と言葉にしていなくても、ずっと元気がない、睡眠や食事が取れていない、いつもならしないような仕事のミスが増えるといったうつ状態の傾向が見られたときには、「ここのところ元気がないみたいだから心配しているんだけど、何かあったの?」などと声をかけてあげてください。

 そして、「もしかしたら『死にたい』と思うこともあるの?」と率直に尋ねます。相手にそんなことを尋ねていいのか不安になる人もいるかもしれませんが、率直に尋ねたほうが、相手は自分の気持ちを話しやすくなりますし、自分のことを真剣に考えてくれていると受け止められるはずです。

 相手が「死にたい」と言葉にしたら、「死にたいほどつらいんだね」とその気持ちを受け止めて、「でも、私はあなたに死んでほしくない」とはっきりと伝えます。それから、相手のつらい気持ちを傾聴してください。その際は、相手のことを尊重して、相づちを打ったり、相手が話したことを同じ言葉で繰り返したりするといいでしょう。「でもそれは、」など否定的な言葉で相手の話を遮ったり、自分の経験や価値観を押しつけたりするのは禁物です。

 話しているうちに相手が泣き出してしまっても、慌てずに傾聴を続けます。自分の気持ちを信頼できる人に話したり、涙を流して泣いたりすることは、「カタルシス効果」と呼ばれる心の浄化作用があります。例えば、誰かに話して問題がすぐに解決するわけではないけれど、ずっと抱えていたつらさや苦しさを打ち明けたことで、心がスッと軽くなる。そんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか。そこで相手が自分の問題を一緒に考えようとしてくれたら、孤独感も和らぎますよね。

 とは言っても、傾聴した人がすべての問題を一緒に背負う必要はなく、独りきりにしないなど物理的な安全を確保したうえで、困り事や問題を客観的に整理して、必要な対処へとつなぐことが大切です。そのときには、相手に「何がどうなれば、今のつらさが少しでも軽くなる?」と問いかけることが有効です。相手にどんな支援が必要か考える手助けになりますし、相手が自分の困り事や問題を冷静に考えるきっかけにもなります。

 例えば、経済的な問題があるなら行政の窓口に相談する、離婚など夫婦関係の問題があれば「法テラス(日本司法支援センター)」に相談するなど、適切な相談機関や専門家を一緒に訪ねたり、同行が難しければ情報を伝えたりします。危険だと感じる言動があれば、精神科や心療内科の受診も勧め、できれば誰かが同行してあげるといいでしょう。

 そして、「問題はすぐには解決しないかもしれないけど、一緒に考えていこうね」「何かあればまた話を聞くからね」と相手に寄り添い、「あなたが死んでしまったらとても悲しい」「ご家族のためにも自殺なんてしないで」といった言葉をかけて、自殺を思いとどまる約束をするようにしてください。

 前編「医師が語る、3月に自殺者が増えるのはなぜ?」でもお話しした通り、自殺という選択肢が頭をかすめたとき、こうしたサポートがあるかどうかが、実際にそれを行うかどうかの分かれ目になることが多々あります。この記事を読んでくださった皆さんが、いざというときにゲートキーパーとなっていただけたらと思います。

(ライター 田村知子)

張 賢徳(ちょう よしのり)さん
帝京大学医学部附属溝口病院精神神経科教授
1991年東京大学医学部卒業後、帝京大学医学部附属市原病院・本院で臨床研修に従事。97年英国ケンブリッジ大学臨床医学系精神医学博士号取得。同年帝京大学市原病院精神神経科講師、99年同大学溝口病院精神科神経科長・講師、2004年同科長・助教授、08年同科長・教授。川崎市や横浜市の自殺対策事業など公的活動に積極的に参画。日本自殺予防学会理事長。

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