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舌がん 高い生存率、機能回復には限界も

口腔がんの基礎知識(前編)

 小崎丈太郎=ライター

歌手の堀ちえみさんがステージ4の舌がんになったことを公表してから、舌がんや口腔(こうくう)がんに関心が集まっている。舌がんや口腔がんとはどんながんなのか。東京医科歯科大学歯学部で多くの口腔がん患者を治療してきた顎口腔外科の原田浩之教授に話を聞いた。

写真はイメージ=(c)Jacek Dudzinski-123RF

 口腔には食物を「咀嚼(そしゃく)する」「呼吸する」などの働きのほかに「話す」「歌う」などの役割もあり、人としてのコミュニケーションを取るうえでも大切な器官といえる。したがって口腔がんは、人生から食べる喜びや他人とおしゃべりする楽しみを奪う可能性があるがんということもできる。

最も多い口腔がんは舌がん

 口腔がんとはあごや口の中の粘膜に発生するがんの総称である。国立がん研究センターがん対策情報センターによると、国内の口腔・咽頭がんの患者数は、1975年の2497人から2014年には1万9013人(うち口腔がんは9496人 ※2013年以前の口腔がんのみの集計値は公表されていない)と増えているが、この原因は主に高齢化の進展。男女比は3対2の割合で男性が多く、年齢は70歳代が多い。

 毎年、約100万人が新規にがんと診断される日本ではがん全体の約1%でしかない口腔がんは決してメジャーながんではない。だが、がんになるリスクは民族、国、地域、生活様式によって大きく異なる。かみたばこが普及している南アジアでは非常に多く、インドでは250万人の患者を数える。

 「一口に口腔がんといっても、がんができる部位によって細分化されている」と原田教授は語る。日本国内における各がんの種類とおおよその発生割合は次のようになる。

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 舌がんを除き、聞き慣れないがんばかりだが、「口底がん」は舌の裏側に接する部分(口腔底)を中心に発生するがんで、昭和の名大関「貴ノ花」として人気を誇った二子山親方が、2005年にこのがんで亡くなっている。「こうこうがいがん」と読む硬口蓋がんは、口腔と鼻腔(びくう)の間にある口腔上壁にできるがんだ。そのように細分化される口腔がんで最も多いのは、やはり舌がんだ。

初期がんの治療は手術が基本

 口腔がんの発見については、次回で詳しく説明するが、なかなか治らない口内炎や偶然受けた歯科診療の中で発見されるというケースが多い。もちろん、この段階では、あくまでがんの疑いであって、確定診断は大病院や大学病院などで組織検査を経て行う。

 治療については確かに口腔がんであるということと進行ステージが確定して、初めて具体的な方法が検討されることになる。原田教授は「初期ならばがんの部分の切除と、小線源治療(放射線治療の一種)を行います」と話す。

 口腔がんの手術では、咀嚼や摂食、嚥下(えんげ)、発音などの機能面のほかに顎顔面(上下の歯と口を含むあご全体のこと)が変わってしまうこともあるために、術後の患者の生活に極力配慮して行われる必要がある。早期ならば切除範囲は小さくて済むが、進行するとその範囲は広くなる。舌がんの場合は「亜全摘」や「全摘」など舌の大半を切除する例もある。そうなると当然、後遺症も大きなものになる。

 小線源治療は、放射線を発するセシウムの針や粒子などを患部に挿入し、内部から放射線を当てる治療法。周囲の正常な組織の被ばくを抑えながら患部に放射線を当てることができる。手術に比べ、舌の機能や形態を温存できる利点があるが、極めて早期のがんに限られることと、日本では実施できる施設が大学病院や大病院の一部に限られる。

 また最近はがん組織に通じる動脈に直接抗がん薬を流し、がんを攻撃する「超選択的動注化学療法」も行われている。標準治療法として確立すれば、手術を行わなくても済むようになる可能性があるが、どこの施設でもできるという治療法ではない。

進行がんでは抗がん薬と放射線が主役

 「首のリンパ節に転移して進行したがん(ステージ3や4)になると、手術に加えて薬物療法や放射線療法が必要になる」と原田教授は語る。また、肺など他の臓器に転移した場合は、手術は行わず、化学療法や放射線療法が中心になる。

 抗がん薬による治療を行って、あまり効かないということが分かれば、最近注目されている免疫チェックポイント阻害薬を使うこともある。

 がんが進行するにつれて治療成績が悪くなるのはほかのがんと同じだが、ほかのがんに比べて長生きしやすいがんでもある。最も進行したステージ4のがんであっても、東京医科歯科大学での5年生存率は70%に達する。初期の場合は、ほとんどが治癒するという。

機能回復には限界もある

 やはり課題は機能面や外見の後遺症だ。

(写真提供=原田教授)
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 舌がんの場合、切除した部分を補う再建手術が行われる。再建に使われる組織は必要に応じて、腕や大腿、腹部から取られる。ただし、再建された部分が元の舌のように動くわけではない。本来の舌のように神経が通って、繊細な動きができるわけではなく、残った舌の動きにつられて動くだけだ。

 原田教授によると「食べ物をかむ場合、歯からこぼれた食物を歯の上に戻すというのも舌の役目だが、再建された舌ではこのようなことができないので、切除された側ではかむことができなくなる」という。

 舌を半分近くあるいはそれ以上にわたって広く切除する場合には、手術の最中の呼吸を維持するために気管切開によって気道を確保する。切開した部位が閉じるまでに1週間かかり、そこから発声のリハビリテーションが始まる。それを1年間ほど続けることになる。

 言葉を明瞭に発することができるかどうかは、舌のどの部分を切除したかによって違ってく。舌の先を切除した場合は「た行」や「さ行」が発音しにくくなる。舌の奥までを切除した場合は「か行」の発音が難しくなる傾向にあるが、個人差も大きいという。

 舌の切除の場合は嚥下への影響も現れるが、そこは年齢によって大きな違いが出る。「若い人はかなりの範囲を切除しても咀嚼・嚥下ができ、外食も問題がないという人もいる。対照的に高齢者ではわずかな切除でも嚥下が難しくなって、胃に体外から栄養を送り込む胃ろうを造設せざるを得ない人もいる」(原田教授)

 ほかのがんに比べて5年生存率は高いが、やはりできる限り初期のうちに発見して、より狭い範囲の切除で済ませたい。そのためには早期発見が大事であり、できれば予防を心掛けたい。後編ではそれについて紹介する。

(図版作成 増田真一)

原田浩之(はらだ ひろゆき)さん
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 顎口腔外科学分野教授
原田浩之(はらだ ひろゆき)さん 1991年、北海道大学歯学部卒業。北海道大学歯学部附属病院口腔外科、千葉県がんセンター頭頸科を経て、2001年に東京医科歯科大学歯学部附属病院医員。07年に同大学医歯学総合研究科顎口腔外科学分野講師、10年4月に同准教授、15年4月に同教授に就任。