“他人任せの筋トレ”はパフォーマンスを下げる
青学選手の進化を支えたセルフ・コンディショニング
松尾直俊=フィットネスライター
箱根駅伝で2年連続の総合優勝を成し遂げた青山学院大学陸上競技部(以下、青学)。1区から全く首位を譲ることのない完全優勝を勝ち取ったのは、原晋監督が選手のやる気と潜在能力を引き出す指導を行ったことが大きい。しかし選手たちが競技能力を向上させた背景には、普段はあまり着目されることがないフィジカルトレーナー、中野ジェームズ修一氏の存在があった。
安定感と強さを兼ね備えた走りを実現するためのトレーニング法をお伝えした第1回「箱根駅伝、青学連覇の舞台裏。勝利のカギは“上半身ねじり”の体幹強化
」、具体的な走り方をお伝えした第2回「全日本大学駅伝の惜敗から“美しすぎる走り”を修正」に続いて、今回は青学の選手たちのトレーニングの柱となった原監督の基本方針についてお伝えしよう。
青学が箱根駅伝(正式名称:東京箱根間往復大学駅伝競走)の往路優勝を遂げた翌日の2016年1月3日。午前8時、復路のスタートだ。6区20.8kmを担うのは1年生の小野田勇次。この区間は最初の4kmが上りで、その後は一気に下っていくコース。下り坂を利用して勢いをつけて飛ばし過ぎると、最後の3kmが苦しくなる。それに加えて、標高が高い分、例年であれば防寒対策が必要なほどの気温になることが多いが、今年は例年より気温が高い。そんな条件が重なり合って、余計にペース配分を難しくしていた。
過酷な下り坂を天性で快走した1年生
「下りは足にどうやって体重を乗せていくかが難しいですね。加えて、勢いに乗って下っていく際に体幹をどうやって安定させるかも大切なポイントです。どうしてもブレーキをかけながらの走りになるので、足の裏の皮がむける選手が多いんです。その点、小野田は全くむけない。“坂に乗って行く”走り方ができるんです」(中野さん)
通常、筋肉は収縮することで力を発揮する。しかし坂道を下るような場合には、ブレーキをかける力を発揮する能力もある。これを「エキセントリック収縮」といい、エネルギー消費は少ないが、長距離を走る時の主役である遅筋よりも量が少ない速筋が主に使われるため、筋肉痛になりやすい。長距離かつ長時間の下りは肉体的に過酷で、ダメージを受けやすいのだ。それがメンタルに影響してくることもある。
「カギになるのは、体重の乗せ方と下っていく際に体幹をどう安定させるか。小野田は、さっきも言いましたが“坂に乗っていく”、つまり重力を味方につける走り方が上手いのが特徴です。それが走りのトレーニングの成果か、天性のものかは分かりません。ただ、まだ1年生だからかもしれませんが、彼は体幹の筋力トレーニングも実はそれほど上手くこなせないんですよ(笑)」(中野さん)
とは言え小野田は、「現在の4年生がやっているレベルのトレーニングまでは達していないが、一定レベルの体幹の強さを備えていることは確か」だと中野は言う。下り坂の途中で体幹の筋力が抜けて、体の軸がブレることもない。
6区を走り終えた小野田は7位に付けていた日体大の秋山清仁(3年/58分9秒)に次ぐ58分31秒の区間2位。歴代の青学記録であり、1年生史上最速タイム。この時点で2位の東洋大との差を4分14秒にまで引き離す結果に。最後は中野が前にアドバイスした通り、体幹のアウターユニットの筋肉を使った走りだった。
