全日本大学駅伝の惜敗から“美しすぎる走り”を修正
『走った距離は裏切らない』は本当なのか?
松尾直俊=フィットネスライター
箱根駅伝で2年連続の総合優勝を成し遂げた青山学院大学陸上競技部(以下、青学)。1区から全く首位を譲ることのない完全優勝を勝ち取ったのは、原晋監督が選手のやる気と潜在能力を引き出す指導を行ったことが大きい。しかし選手たちが競技能力を向上させた背景には、普段はあまり着目されることがないフィジカルトレーナー、中野ジェームズ修一氏の存在があった。
安定感と強さを兼ね備えた走りを実現するためのトレーニング法をお伝えした第1回「箱根駅伝、青学連覇の舞台裏。勝利のカギは“上半身ねじり”の体幹強化
」に続いて、今回は、箱根駅伝の直前に開催された全日本大学駅伝での敗北を受けた、青学の走りを進化させるための秘策についてお伝えしよう。
2016年の箱根駅伝(正式名称:東京箱根間往復大学駅伝競走)で完全優勝、そして2連覇。この輝かしい成績を収めた青学の強さを養った裏には、「11月の全日本大学駅伝対校選手権で東洋大に僅差で負けたことへの反省もあるんです」と中野ジャームズ修一は語った。その反省点とは何だったのか? そして走りをどう改善したのだろうか。
アウターを使ったスパートでタイムを詰める
スタートから快走した箱根駅伝1区の久保田和真(4年)は、追ってくる2位東洋大学に53秒の差をつけてタスキを2区の一色恭志(3年)へつないだ。21.3kmを1時間1分22秒。区間賞はもちろんのこと、記録は区間歴代3位というハイスピードで駆け抜けてきたのに、倒れ込むことがないばかりか笑顔まで見せている。
これこそが体幹と脚部を連携させるトレーニングを積んできた効果。体幹の内部にあるインナーユニットの筋肉を上手く使えるようになると、スピードを乗せて走ってもエネルギーロスが少なくなり、体力に余裕ができるのだ。一方、体幹を活用することなく、肩から先の腕振りと脚部を動かすことばかりに気を取られると、体の上下動や左右への揺れが生じて体力も失われていく。
「人によって体型や体格に差がありますから、これが理想のフォームだと決めつけることはできませんが、フォームがきれいな選手はやっぱり速いんです。それに余計な負荷が特定の部位にかかることがないからけがも少ない。一般のランニング愛好家の方々も、選手の体の軸のぶれ方を意識してマラソンや駅伝の大会を見るようにすれば、走り方のちょっとしたヒントになりますよ」(中野さん)
一般ランナーも青学の選手たちのように、インナーユニットの筋肉を意識して、体の軸がぶれることなく腕や脚を動かす美しいフォームを心がければ、走りが効率的になり、長距離を楽に走れるようになるはずだ。
「ただ、実はそこが昨年の全日本大学駅伝で東洋大に負けた要因でもあったんです。私がインナーの筋肉を使うことばかりを強調し過ぎたことが裏目に出たんです。体力に余裕があれば、最後の1~2kmは多少フォームが乱れても、アウターの筋肉を使った力でグイグイ走ってもいいんです。それを言っていなかった…。それが全日本大学駅伝で約1分の差をつけられた敗因ですね。その自分のミスを、すごく反省したんです」(中野さん)
確かに昨年の箱根では、青学の選手は全員が最後までフォームが乱れることがなかった。しかしそれだけでは勝てないこともある。全日本大学駅伝で惜敗した反省から、中野は選手たちにアウターの筋肉を使った走りのコツをアドバイスした。
主にインナーの筋肉を使った走りでエネルギーを温存し、ラストスパートでアウターの筋肉を使ってスピードを上げる。当然、フォームの上下動や揺れは大きくなる。その粘りの走りも今回の連覇、そして完全優勝を遂げた一因だ。今大会では、何人かの選手は終盤になるとブレが生じているように見えたが、実はアウターを使った走りに切り替えていたのだ。決して疲れで体幹の力が抜けて、体軸が揺れていたのではない。
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- 練習で走る距離は最小限に