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箱根駅伝、青学連覇の舞台裏。勝利のカギは“上半身ねじり”の体幹強化

上半身と脚の連動でスタミナアップ

 松尾直俊=フィットネスライター

箱根駅伝で2年連続の総合優勝を成し遂げた青山学院大学陸上競技部(以下、青学)。1区から全く首位を譲ることのない完全優勝を勝ち取ったのは、原晋監督が選手のやる気と潜在能力を引き出す指導を行ったことが大きい。しかし選手たちが競技能力を向上させた背景には、普段はあまり着目されることがないフィジカルトレーナー、中野ジェームズ修一氏の存在があった。
その中野氏に、昨年の優勝後から連覇を飾るまでの間に行った理詰めのトレーニングの一部と、箱根駅伝までの選手たちの軌跡について聞いた。併せて一般ランナーもぜひ取り入れたい、最先端のエクササイズの一部を紹介する。

 沿道からの大きな声援に包まれて、10区23kmを走り終えた青学の最終ランナー、渡邉利典(4年)がゴールテープを切る。そこには往路を走った選手たちと原監督が待ち受けていた。箱根駅伝(正式名称:東京箱根間往復大学駅伝競走)2連覇。歓喜の瞬間、選手たちが一斉に渡邊を取り囲んで喜びを爆発させた。

箱根駅伝で総合優勝し、ガッツポーズでゴールする青学の渡邉利典選手(1月3日、東京・大手町、写真提供:日本経済新聞社)
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 往路のスタートから最後まで、一度も首位を譲ることのない完全優勝を成し遂げたのは、1977年、第53回大会の日本体育大学以来39年ぶりだ。総合成績は10時間53分25秒。2015年11月の全日本大学駅伝対校選手権大会では僅差で敗れた2位東洋大学に、およそ6分半の差をつけての勝利だった。

 「自分ができることはすべてやったと思っても、最初から最後までドキドキでしたよ」。選手たちの走りを見届けるために大手町に出向いていた中野は、感極まる思いで、その光景を見つめていた。

本番前に暖冬の水分対策を注意

 「選手は走る区間によって前泊する宿舎が違いますから、私がすべて帯同することはできません。往路にはうちのスタッフを派遣して、自分は寮の食堂のテレビで観ていました。心配だったのは選手の体調とけが。特に今年は気温が高くなったので、脱水症状を起こさないことを願っていました」(中野さん)

 今年の正月三が日は、全国的に晴天。東京の最高気温が13度と、例年になく暖かかった。一般的な生活には心地よい気候も、長距離を走る選手に対しては、時に牙をむくことがある。中野はそれが気掛かりだったのだ。

 「昨年の夏合宿から、脱水状態にならないための水分のとり方をアドバイスしていました。選手たちは理解していると思いましたが、うちのスタッフと青学のマネージャーを通して、もう一度確認させたんです」(中野さん)。具体的には、前日から適度な塩分を含んだ水を摂取しておき、尿を見て濃い色をしていないかを確認する。当日の朝からは、10分おきに水分を補給するといった具合だ。

 全日本大学駅伝で敗れてからの箱根。選手たちに焦りが生じて、適切な水分摂取を怠るのを防ぎたいという中野の配慮だった。どんなに原監督が走力アップのトレーニングを指導し、中野が体幹を補強するエクササイズを施したとしても、肝心の体力が持たなくては任された区間を走り切ることはできない。長距離ランナーには、水分補給と栄養管理も立派な練習の一つなのだ。

 これは一般ランナーにとっても同じだ。ただがむしゃらに走る練習だけをしても、体を作り、動かすエネルギーになる栄養や水分の適切な補給がないと、練習中のけがや大会での途中棄権につながる。フィジカルトレーナーである中野は、そこまで考え、青学選手たちの「勝てる体作り」をサポートしているのだ。

区間賞狙いで最初から飛ばした1区久保田

 2016年1月2日午前8時。出場20校に関東学生連合を加えた21名の選手たちは、号砲とともに一斉にスタートを切った。大手町から鶴見までの1区は21.3km。比較的平たんなコースだが、前半の八ツ山橋の上り坂、後半にある六郷橋の下り坂が勝敗を分けるポイントになる。選手たちもそのあたりを意識して、ペース配分と駆け引きを行う。

 しかし他校を尻目に、最初から先頭へ飛び出した選手がいた。青学の久保田和真(4年)だ。「後ろの選手たちは、完全に牽制し合っていましたね。ペース配分の様子を見ていたんだと思います。でも、久保田は駆け引きせずに自分のペースで行けば十分に走り切れて、区間賞が狙えると考えて、スピードを上げたんでしょう」(中野さん)。

 果敢に挑んだ久保田だが、本番前は体調に不安があった。「ちょっと心配していたんですが、最後まで自分の良い走りができていました。実は直前まであまり体調が良くなく、出られるかどうかもギリギリのところでした。そんな久保田の快走が、後に続く選手たちに勢いをつけたのでしょう」(中野さん)。

 直前まで体調不良に悩まされていたとは思えない、美しいフォームを維持した走りだった。体の上下左右の揺れがなく、まるで滑るようにスピードに乗って前に進んで行く。最初からこのペースで大丈夫なのだろうかと、筆者が心配になったほどだ。たぶん、後ろで集団を作る選手たちも同じように、「いつかは落ちるんじゃないか」と様子を見ていたのかもしれない。

体幹内部の筋肉で走るとスタミナが切れない

 しかし、このブレのないフォームと、最初からハイスピードで飛ばしてもスタミナ切れにならない走りこそ、中野が指導した体幹トレーニングとストレッチの賜物なのだ。

 「彼はけがや体調不良で走る練習ができない時に、一番体幹トレーニングに時間をかけていたんです。リハビリの最中にしっかりと補強トレーニングをしたので、あれだけ走れた。体幹の内部にある『インナーユニット』の筋肉を優位に使って走れるようになると、エネルギーのロスが非常に少なくなるんです。彼はそれがほぼ完璧にできるようになったんです」(中野さん)[過去記事「箱根駅伝、青学躍進の陰に“理詰め”の体幹トレーニング【後編】」を参照]

体幹(インナーユニット)の筋肉の概略図
体幹は、解剖学的には「人体から頭部と四肢を除いた部位」と定義されるが、機能的には「あばら骨から骨盤までの腹部」を指す。内臓を収める腹腔を囲むようにある、「横隔膜」「腹横筋」「多裂筋」「骨盤底筋群」をまとめてインナーユニットと呼ぶ。また、脇腹あたりの腹横筋の上側にある腹斜筋を、本稿ではアウターユニットとしている。
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 速く走ろうとすると、一般的には臀部(でんぶ)から太ももの筋肉に力を入れてしまう。実際、主に体を前に進める推進力を生み出しているのは、その部位の筋肉である。しかし、大きな筋肉が多くて大きな力が出せる分、体内に蓄えたエネルギーを大量に消費してしまうのだ。

 同じ陸上競技であっても、100mのような短距離選手であればいいだろう。体格の違いを見ても分かる通り、短距離選手は総じて筋骨隆々。一方、長距離選手はスリムな細い筋肉質体型だ。短距離は、臀部から太ももの筋肉を使って一気にパワーを出す。でも、それでは長時間走ることはできない。そんな違いがあるのだ。

 では、長距離走ではどのように脚を繰り出せば、長く走り続けられるのか。それには、脚部の筋肉を使うだけではなく、体幹の筋肉と連動させた無駄のない脚の動きができる必要がある。それを目的として、中野が青学の体幹トレーニングに取り入れているのが、体幹の外側(アウターユニット)にある腹斜筋を使って、体をひねる動作を強化するものだ。

 「体幹のひねりと脚を連動させると、常に安定したペースで長い距離を走れるようになります。つまり、上半身の力を使って足を蹴り出すことで、体を前に運ぶための動作に余分なエネルギーを使わなくて済むようになるんです。ただ、体幹のインナーユニットの筋肉で上半身を固定するという感覚も身についていないとできないので、一般ランナーの方は少しトレーニングが必要かもしれません」(中野さん)

 単純に上半身だけをひねろうとすると、逆にフォームの乱れに直結する。中野は昨年の優勝後、インナーユニットの筋肉で体幹を安定させて、体軸がぶれないフォームで走ることができるようになった選手たちに、次の段階として、アウターユニットの筋肉を活用する上半身のひねりを使った走りを実現するためのトレーニングを指導してきたのだった。

上半身の「ひねり」で走るためのエクササイズ

 疲れが少なく、効率良く長距離を走り抜くポイントは「上半身のひねりと脚の動きを連携させること」。過去記事「箱根駅伝、青学躍進の陰に“理詰め”の体幹トレーニング【前編】」「同【後編】」で紹介した体幹トレーニングでインナーユニットを鍛えた一般ランナーを対象に、これから数回に分けて、中野が指導し、青学の選手たちが取り入れている上半身のひねりを加えた体幹トレーニングの一部を紹介していく。基本的なエクササイズなので、練習の一部としてぜひ一度試してみてはどうだろうか。

ヒップローイング
(1)仰向けになって両手を広げ、腹部の筋肉を使うことを意識して脚を引き上げ、膝と股関節を90度に曲げる。(2)(3)床から肩が浮かないようにして、持ち上げた脚を左右にリズミカルに倒す。左右10回ずつを1セットとして、2~3セット行う。主に脇腹にある腹斜筋群を使うことを意識して動作する。
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ツイスティングクランチ
(1)仰向けになって両手を頭の後ろで組む。膝を揃えて90度に曲げて横に倒す。(2)この姿勢から、1、2、3、4と約1秒おきに数えながら、肩甲骨が床から離れるまで上半身を持ち上げる。そこから同じリズムでゆっくり戻すことを繰り返す。反対側も同じように行う。両側20回ずつを1セットとして、2~3セット行う。膝が広がったり、上半身を捻り過ぎたりしないようにして、脇腹を意識して行う。
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 今回紹介しているエクササイズは、主に脇腹にある腹斜筋など、体幹の外側にある「アウターユニット」の筋肉を強化するものの一部だが、腹斜筋群をしっかり使って行えば、体幹のインナーユニットの筋肉群にも刺激が入る。すると体軸を安定させ、上半身をひねることで生まれた力を脚部に伝え、効率良く走ることができるようになる。地味なエクササイズだが、こういったシンプルな練習が大切なのだ。

 次回の記事「全日本大学駅伝の惜敗を受け“美しすぎる走り”を修正」に続きます。

中野ジェームズ修一(なかの ジェームズ しゅういち)さん
フィジカルトレーナー/米国スポーツ医学会認定運動生理学士
中野ジェームズ修一(なかの ジェームズ しゅういち)さん 1971年生まれ。日本では数少ない肉体面と精神面の両方を指導できるトレーナー。卓球の福原愛選手など日本のトップアスリートだけでなく、高齢の方の運動指導も行う「パーソナルトレーナー」として活躍。日本各地での講演も精力的に行っている。近著に「青学駅伝チームのコアトレーニング&ストレッチ」(徳間書店)、「世界一やせる走り方」(サンマーク出版)など多数。
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