日経グッデイ

「わたしも、がんでした」

父のがんを通じて、私が変わったこと

家族編 「がんは“生きる”と向き合うプロジェクトです」(6)

 砂田麻美=映画監督

がんは、患者本人だけの病ではありません。家族みんなが当事者になり得ます。 患者さんが「がんと共に働き、生きる」ためには、家族の役割分担が欠かせません。 では、家族は、どう身内のがんと向き合い、どうサポートすればいいのか。 例えば、がんをきっかけに、患者さんが「よく生きる」ためのプロジェクトとして 家族みんながチームのように役割分担をしながらサポートする。家族編で登場するのは、 ドキュメンタリー映画「エンディングノート」の監督、砂田麻美さんです。 映画は、末期がんと診断された砂田さんのお父さまが、 死後の後始末について「エンディングノート」を家族にしたためるところから始まります。 そんなお父さまと、ご家族やご友人とが一緒に過ごすかけがえのない時間。「死」と向き合うことで、むしろ「生きる」ことを真剣に考える。実行する。 大ヒット映画の舞台裏でもある砂田さんとご家族のご経験から、 がんと家族と人の死と生について、砂田さんと一緒に考えてみましょう。

「映画『エンディングノート』では、父の人生を描きたかったわけではなく、あらゆる人が抱える〝人生の限り〞を表現したかったんです」と砂田さんは言います。家族として、父親のがんと向き合い、看取る。人生の終わりを意識するというのは、「死と向き合う」ことではなく「よく生きる」ことにつながるんだ、と。

 父はがんを宣告されてから、半年で亡くなりました。振り返ってみると、わずかな時間でしたが、本当に濃密な時間でした。もちろん、なんとかがんを克服してほしかったし、もっともっと長生きをしてほしかった、と思っています。いまでも、思ってます。

 ただ、父が亡くなった、ということについては悲しいし、悔しい思いもあるけれど、父と私たちが、父のがんと向き合ってきた道筋についての後悔は、…ないですね。なぜかというと、それはやっぱり、父の意志を最初から最後まで尊重できたから、だと思います。主治医のお医者さまに対しても、治療法を選ぶのも、最後まで父に任せることができましたし、亡くなるまでの半年間は、父がいま一番やりたいことに耳を傾けながら、思い出をつくった。

 私の映画の中に「Todoリスト」という、「孫と遊ぶ」とか「家族旅行に行く」というような、まるで父が自ら書いた「死ぬまでにしたいことリスト」に見える箇所があるんですね。なので勘違いされる方が多いんですが、あれは父ではなく、映画の演出上、私が書いたものなんです。

 父自身が死ぬまでにしたいことなど、何ひとつなかった。

 少なくとも私たち家族がそれを求められることはなかったんです。けれど最後の半年の濃密さと、これが最後かもしれないという緊張感は、何ものにも代え難い日々で、それを父の死後振り返ったときに、「お父さんて、まるで人生最後のTodoリストをこなしてたみたいだなぁ」と思ったところから、私がそういうふうに演出したにすぎません。

 父が亡くなる少し前に昔からの友人と会ったときのことを後で聞いたんですが、身体は痩せているのに、父はいつもと変わらず心底楽しそうだったそうです。そういう最後の姿を私たちに見せてくれたことに対して、父に感謝しています。一日一日を無駄にせず、生きるってどんなことなんだろう、というのを一番近い場所で知ることができましたから。

いかに闘病するのかは、ものすごく個別の問題

 一方で思うのは、がんにかかって、いかに闘病するのか、どうやって日々を過ごすのか、どう家族は対応すればいいのか、というのは、ものすごく個別の問題で、一般化するのは難しいということです。

 父と病院で濃密な時間を過ごすことができたのも、父の意識が最後まではっきりしていたから、です。父の闘病生活が年年と長引いたら、私たち家族のサポートの仕方もまったく違うかたちになっていたでしょうし、もっとシビアで大変なことが、金銭的な面もふくめて、いろいろあったと思います。寝たきりになったら介護のかたちだって、まったく変わってきますよね。家族だって、そうなるとストレスがたまってくるだろうし、疲労もたまるだろうし…。

 そもそも、がんにかかったご本人と家族の関係も、ひとによって全然違います。うちの家族はもともと互いにたくさん話をするほうだったので、父ががんにかかってからも、みんなで話し合って、時には争いをして、役割分担を決めたり、誰かが落ち込んでいたら、サポートしたり、というやり方が、比較的自然にできた、ということがあると思います。

 けれど、自分たちが父や父の病気と、こういう関わり方をしましたということは、ひとつのケースにすぎないと思うんです。一般化は決してできない。それは強く自覚しています。例えば必ずしも家族同士、兄弟同士の仲がいいとは限らないでしょうし、物理的にご家族が近くにいらっしゃらないケースだってありますよね。家族に先立たれてひとりぼっちという方や、そもそも結婚していなくて近親者がいない、という人だっているでしょうし…。

それぞれの人生には、かけがえのないものが、何かある

 ただ、それでも思うんです。どんな人も、それまで生きてきた人生というのが必ずあるわけで、もしがんになって、自分が死に向き合うとなったら、自分の人生って、どんなものだったんだろう、って人は必ず考えると思うんです。たぶん、私もそうします。

 そのとき、もし家族がいなかったり、腹を割って話せる友人がいなかったとして、じゃあ、その人に救いがないかっていうと、その人が送ってきた人生の中で、その人にとっての大切なこと、救いになるものは、必ず何かあるんじゃないかなって思うんです。断言はできないですけど、そうであると信じたい。

 その対象は必ずしも人間である必要はないのかもしれない。人によっては、本、かもしれないですし、音楽が好きな人だったら誰かの音楽かもしれないし、映画をつくっている私としては、映画だっていざというときに人を支えてくれるんじゃないか、とも思います。

 家族が不在だと、親しい人が近くにいないと、がんに、病気に向き合えない、ということはないし、人間はもっと強いものなんじゃないかと。天涯孤独な人ががんにかかって、その人の最大の楽しみが本を読むことなら、病の床にあっても本を読むことが支えになる。でも、がんが進行して、好きな本が読めなくなって、というときにはじめて、その人のために傍らで本を読んでくれる人が現れる、ってことだってあるんだと思います。

 それぞれの人生には、かけがえのないものが、何かあるはずで、それは家族かもしれないし、友人かもしれないし、芸術かもしれないし、自然かもしれない。

 うまく言えないですけれど、そんな自分にとってのかけがえのないものは何なのかを探し続けること。そしてそれに最後まで寄り添い、寄り添ってもらうこと。それが「がんと共に生きる」ときに、ものすごく大切なんじゃないかと、思っています。

砂田麻美(すなだ まみ)さん
映画監督
砂田麻美(すなだ まみ)さん 1978年生まれ。慶應義塾大学在学中からドキュメンタリーを学び、映画製作に携わる。卒業後はフリーの監督助手として、河瀨直美、岩井俊二、是枝裕和らの製作現場に参加。2009年にがん告知を受けた父の最期にカメラを向けたドキュメンタリー映画『エンディングノート』を製作。2011年に一般公開され、監督デビュー。同作は高い評価を受け、第52回日本映画監督協会新人賞・第36回報知映画賞新人賞・芸術選奨文部科学大臣新人賞他多数受賞。2013年にはスタジオジブリを題材にした『夢と狂気の王国』を監督。第39回トロント国際映画祭正式出品の他、香港・北米で一般劇場公開された。小説に『音のない花火』(ポプラ社刊)。

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 医学の進歩によって、「がん=迫りくる死」ではなくなっています。実はかなり多くの人が、がんと共に社会で暮らしています。しかし、がんと共に生きることや働くことは、日本社会ではまだまだ普通のことと思われていません。がんと共に生きるとは、働くとは実際にはどういうことなのか。それを知っていただくために、本書ではがんに関わる当事者の方々に語っていただきました。──「はじめに」より

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