日経グッデイ

「わたしも、がんでした」

専門家とのコミュニケーションは「信じる」ことから

家族編 「がんは“生きる”と向き合うプロジェクトです」(5)

 砂田麻美=映画監督

がんは、患者本人だけの病ではありません。家族みんなが当事者になり得ます。 患者さんが「がんと共に働き、生きる」ためには、家族の役割分担が欠かせません。 では、家族は、どう身内のがんと向き合い、どうサポートすればいいのか。 例えば、がんをきっかけに、患者さんが「よく生きる」ためのプロジェクトとして 家族みんながチームのように役割分担をしながらサポートする。家族編で登場するのは、 ドキュメンタリー映画「エンディングノート」の監督、砂田麻美さんです。 映画は、末期がんと診断された砂田さんのお父さまが、 死後の後始末について「エンディングノート」を家族にしたためるところから始まります。 そんなお父さまと、ご家族やご友人とが一緒に過ごすかけがえのない時間。「死」と向き合うことで、むしろ「生きる」ことを真剣に考える。実行する。 大ヒット映画の舞台裏でもある砂田さんとご家族のご経験から、 がんと家族と人の死と生について、砂田さんと一緒に考えてみましょう。

本人はもちろんですが、家族にとっても、がんと向き合う上で、主治医とのコミュニケーションは欠かせません。砂田さんたちは、質問を整理し、医師と話す貴重な時間を最大限に生かすようにしました。プロである医師の話をいかに日々の生活にうまくフィードバックするか。患者本人にとっても、家族にとっても、具体的な行動指針になるし、大きな支えになるはずです。

 がんにかかった父をサポートする私たち家族として、なによりの情報源は、やはり主治医のお医者さまです。だからこそ、お話を伺うときにはすごく気を遣いました。

 一番気をつけたのは、事前に質問を手短にわかりやすく整理しておくこと、でした。お医者さまとお話しできる時間は限りがありますし、質問があやふやだと、本当に必要な答えをいただけない。

 とはいっても、こちらとしては、がんと向き合うのははじめてですから、知識も経験も何もないわけで、不安や疑問がどんどん浮かんできてしまう。だからといって、そのときの不安をただお医者さまにぶつけてもしょうがない。とにかく聞きたい質問を落ち着いて整理するよう努めました。

 私がとりわけ意識したのは、なるべく具体的な行動につながる質問を用意することでした。普段の生活で、家族はどんなことを心掛けてサポートすればいいのか、ご飯はどんなものを用意すればいいのか、睡眠時間は、外出はどの程度大丈夫なのか、という具合です。こうした質問ならば、すごくストレートな回答をいただけますし、日々の行動にもすぐに役立てられますから。

 患者である父も、お医者さまに対する質問はずいぶんと絞り込んでいた記憶があります。父をすごいな、と思ったのは、自分が身を任せたお医者さまを全面的に信頼しようと決めていたところです。どの病院にしようか、どのお医者さまにしようか、どの治療法にしようか、についてはずいぶん悩んだ様子でしたし、最終的には自分で決めた父ですが、いったん決めたとなったら、そのお医者さまを徹底的に信じる。

 これって父のサラリーマンとして働いてきた美学なのかな、とも思いました。いろいろなひとと仕事をするとき、私がやっている映画の世界でもそうですけれど、自分が信頼されてないと感じたら、パフォーマンスって下がりますよね、やっぱり。

 信じるってことが本質的にいちばん重要なんだ、って父は考えていたんだと思います。お医者さまとのやり取りの中で、本当に素直に耳を傾けている父を見ていて、そう思いました。

もし、相談できる専門家がそばにいてくれたなら

 ただ、いまでも心残りなことがあって、それはがん治療を受けている病院とお医者さま以外に、専門家による心理的なサポートやアドバイスを得られる機会を得られなかったことです。最期の瞬間を迎えるにあたって、相談できる医療従事者が近くにいなかった。

 がんと長期にわたって闘っている方のためには、例えばホスピスのような終末医療のための施設があります。父の場合、ホスピスの利用を具体的に考える前に、病状が一気に悪化して入院することになりました。

 それが年末の2009年12月25日のクリスマス。最後はなんとか家に戻してあげたいとも思いましたが、入院してからわずか5日後、家族みんなに看取られるかたちで、病院で一生を終えました。

 最後まで意識はしっかりしていました。みな父といろいろな話をすることができましたし、幸せな終わり方だったと思っています。

 でも、わずか数日でも本当に家に帰してあげる方法はなかったのか、いまでもその点について考えるときはあります。

 父はそれまで、それこそサラリーマンらしく「病院で死ぬのって現代では自然なことじゃないの」と言っていましたが、やはり最後の最後は家に帰りたそうだったから。ちょっとでいいから、家に帰してあげたかったな…って。

 私たちもできる限りのことをしてあげられたとは思ってるんですが、いろいろなことがあまりに急で、対応しきれなかった部分もある。その具体的な方法を尋ねられる人も、時間的余裕もなかった。だから全部家族だけで決断して、その方法までを用意しなくてはいけないっていうのは、正直難しい部分がありました。もし、死にひんした患者をもつ家族が具体的なことを頼ったり、相談できる専門家がそばにいてくれたなら、どんなに有り難かったかな、というのは、いま振り返って思うことではあります。

砂田麻美(すなだ まみ)さん
映画監督
砂田麻美(すなだ まみ)さん 1978年生まれ。慶應義塾大学在学中からドキュメンタリーを学び、映画製作に携わる。卒業後はフリーの監督助手として、河瀨直美、岩井俊二、是枝裕和らの製作現場に参加。2009年にがん告知を受けた父の最期にカメラを向けたドキュメンタリー映画『エンディングノート』を製作。2011年に一般公開され、監督デビュー。同作は高い評価を受け、第52回日本映画監督協会新人賞・第36回報知映画賞新人賞・芸術選奨文部科学大臣新人賞他多数受賞。2013年にはスタジオジブリを題材にした『夢と狂気の王国』を監督。第39回トロント国際映画祭正式出品の他、香港・北米で一般劇場公開された。小説に『音のない花火』(ポプラ社刊)。

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 医学の進歩によって、「がん=迫りくる死」ではなくなっています。実はかなり多くの人が、がんと共に社会で暮らしています。しかし、がんと共に生きることや働くことは、日本社会ではまだまだ普通のことと思われていません。がんと共に生きるとは、働くとは実際にはどういうことなのか。それを知っていただくために、本書ではがんに関わる当事者の方々に語っていただきました。──「はじめに」より

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