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「わたしも、がんでした」

治療の選択で心掛けたのは、本人の個性を尊重すること

家族編 「がんは“生きる”と向き合うプロジェクトです」(4)

 砂田麻美=映画監督

がんは、患者本人だけの病ではありません。家族みんなが当事者になり得ます。 患者さんが「がんと共に働き、生きる」ためには、家族の役割分担が欠かせません。 では、家族は、どう身内のがんと向き合い、どうサポートすればいいのか。 例えば、がんをきっかけに、患者さんが「よく生きる」ためのプロジェクトとして 家族みんながチームのように役割分担をしながらサポートする。家族編で登場するのは、 ドキュメンタリー映画「エンディングノート」の監督、砂田麻美さんです。 映画は、末期がんと診断された砂田さんのお父さまが、 死後の後始末について「エンディングノート」を家族にしたためるところから始まります。 そんなお父さまと、ご家族やご友人とが一緒に過ごすかけがえのない時間。「死」と向き合うことで、むしろ「生きる」ことを真剣に考える。実行する。 大ヒット映画の舞台裏でもある砂田さんとご家族のご経験から、 がんと家族と人の死と生について、砂田さんと一緒に考えてみましょう。

がんの治療に関して、どの道を選ぶべきか?どんな治療を選択するのか?がん治療に関する説や情報は膨大にあります。でも実際に選べるのはたったひとつ。砂田さんたち家族が、いちばん大切にしようと決めたのは、「本人が選んだ道を最優先しよう」ということでした。

 家族で父の日常をサポートする一方で、いちばん重要なのは、やっぱり、どんながん治療を選択するのがベストだろうか、ということです。

 ところが、これがそう簡単にはわからないんですよね。あらためて調べてみると、がんの治療については、諸説入り乱れていて、さまざまな分野の書籍が書店に並んでいますし、インターネットで検索すると、あれがいい、これはダメだ、ともっともらしいものから怪しげなものまで、いろいろな治療法がひっかかります。

 最初は、いったい何を信じればいいのか、情報収集係の私も、全然見当がつかなくなってくる…。情報の海に溺れちゃいそうになる、というか。

 なので、もう一度、最初のお医者さまの診断から順繰りに理解することにしました。「ステージIVの胃がん」ってどんな病状なんだろう。

 ステージIVの患者さんの生存率はどの程度で、どんな治療の選択肢があるんだろう。

 という具合に、入り口から順番に調べていきました。本もたくさん読みました。もちろん主治医のお医者さまにも、可能な限り質問を投げ掛けました。

 そうやって、まったくの素人の状態から順番にがんについて調べていくうちに、「標準治療」という考え方があるのを知りました。がんに詳しいひとだと、誰もが知っている単語ですけれど、私自身は、父ががんになるまで、聞いたこともありませんでした。そもそも、「標準」ってなんだろう?って感じでしたから。

 本を読んだら、「標準治療」が科学的な根拠に基づいた現在の医療で確立している最善の治療法のこと、というのはすぐにわかりました。

 ただ、そこから先がちょっとややこしくて、他の治療法が病院で全部否定されているかというとそうでもなくて、一般的な医療機関でも「標準治療」以外のオプションの治療を選択できるケースもある、ということを知りました。

 オプションが選べる、となると、こちらもまた迷うわけです。もしかしたら標準治療よりそっちのほうが治る確率が高くなるんじゃないかしら、と。じゃあ、そんなオプションのある医療機関がどこにあって、どんなプラスアルファの治療ができるのか、いったいどれぐらいの金額が掛かるのか、こうしたことも書籍とネットを駆使して調べていったんですね。

「お父さんは迷っているのかもしれない」

 一方で治療方法を模索していた頃の父は、いつになく迷っているように、私には見えま した。

 父は、自分のことは自分で完璧に段取るのが大好きなタイプで、サラリーマン時代の仕事ぶりもそうだった、と同じ会社の方に聞いたことがあります。だいたい、自分ですぐに「エンディングノート」をつくり始めちゃう、というのも、父らしさの表れだと思うんです。

 これまでの父のやり方だと、病院もお医者さまも治療法も自分で全部選ぶぞ、となるはずなんです。けれど、それが、そうならなかった。

 「お父さんは心の奥底で迷っているのかもしれない」

 そう思わされたのは、はじめてのことでした。

 がんにかかったことに対しては、こちらがびっくりするくらい動揺を見せなかった父ですけれど、どの病院に行こう、どの治療を選ぼう、ということについては、いつもの父らしくなかった…。自分で選ぼうとしない、というか、どことなく選べていない…。

 父はそのとき、不思議なぐらい私たち家族の提案に素直に耳を傾けてくれたんですね。それがいっそう、父の混乱を象徴しているようにも見えました。

父がうまく自分で選べるようにサポートする側にまわろう

 病院を訪れてお医者さまの話を聞いて、あらゆることを調べ、兄弟や母とも話し合いながら、父と向き合っていくうちに、本来父は自分で決めたい人なんだということを、あらためて思い出すようになりました。ああ、やっぱり、お父さんは自分で決めたいんだろうな、いまはちょっと混乱してるけど、最後は自分で決めて、その道を信じて進みたいんだろうな、ということがわかってきたんです。

 だったら、病院もお医者さまも治療法も、父がうまく自分で選べるようにサポートする側にまわろう、その上、いったん父がこうと決めたら、一切口を挟まないようにしよう、と。

 「こうしたほうがいいんじゃないか」ということは言わないようにしようというのが、家族の間の暗黙の了解事項になりました。

 父が決めた道を、私たちが信頼する。それでいいんだと。

 もちろん、家族としては心配なことがいっぱいあるし、迷うときもありますよね。もっといい治療方法があるんじゃないのか、ほかの病院の方がよかったんじゃないか、って具合に。

 ただ、がんの治療にはさまざまな選択肢があっても、実際に選べる道はその都度ひとつしかないですから、だったら、そのひとつの道は父に選んでもらおう。それが父にとって幸せなことじゃないか、と私たちは思うようにしたんです。

 父の性格を考えると、その点についてはいまでも間違いではなかったと思っています。映画『エンディングノート』でも「衆知を集めて一人で決める」という父の言葉が出てきますが、そういうやり方そのものが父の個性でしたし、生き方でしたから。

砂田麻美(すなだ まみ)さん
映画監督
砂田麻美(すなだ まみ)さん 1978年生まれ。慶應義塾大学在学中からドキュメンタリーを学び、映画製作に携わる。卒業後はフリーの監督助手として、河瀨直美、岩井俊二、是枝裕和らの製作現場に参加。2009年にがん告知を受けた父の最期にカメラを向けたドキュメンタリー映画『エンディングノート』を製作。2011年に一般公開され、監督デビュー。同作は高い評価を受け、第52回日本映画監督協会新人賞・第36回報知映画賞新人賞・芸術選奨文部科学大臣新人賞他多数受賞。2013年にはスタジオジブリを題材にした『夢と狂気の王国』を監督。第39回トロント国際映画祭正式出品の他、香港・北米で一般劇場公開された。小説に『音のない花火』(ポプラ社刊)。

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 医学の進歩によって、「がん=迫りくる死」ではなくなっています。実はかなり多くの人が、がんと共に社会で暮らしています。しかし、がんと共に生きることや働くことは、日本社会ではまだまだ普通のことと思われていません。がんと共に生きるとは、働くとは実際にはどういうことなのか。それを知っていただくために、本書ではがんに関わる当事者の方々に語っていただきました。──「はじめに」より

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