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「わたしも、がんでした」

治療の選択で心掛けたのは、本人の個性を尊重すること

家族編 「がんは“生きる”と向き合うプロジェクトです」(4)

 砂田麻美=映画監督

父がうまく自分で選べるようにサポートする側にまわろう

 病院を訪れてお医者さまの話を聞いて、あらゆることを調べ、兄弟や母とも話し合いながら、父と向き合っていくうちに、本来父は自分で決めたい人なんだということを、あらためて思い出すようになりました。ああ、やっぱり、お父さんは自分で決めたいんだろうな、いまはちょっと混乱してるけど、最後は自分で決めて、その道を信じて進みたいんだろうな、ということがわかってきたんです。

 だったら、病院もお医者さまも治療法も、父がうまく自分で選べるようにサポートする側にまわろう、その上、いったん父がこうと決めたら、一切口を挟まないようにしよう、と。

 「こうしたほうがいいんじゃないか」ということは言わないようにしようというのが、家族の間の暗黙の了解事項になりました。

 父が決めた道を、私たちが信頼する。それでいいんだと。

 もちろん、家族としては心配なことがいっぱいあるし、迷うときもありますよね。もっといい治療方法があるんじゃないのか、ほかの病院の方がよかったんじゃないか、って具合に。

 ただ、がんの治療にはさまざまな選択肢があっても、実際に選べる道はその都度ひとつしかないですから、だったら、そのひとつの道は父に選んでもらおう。それが父にとって幸せなことじゃないか、と私たちは思うようにしたんです。

 父の性格を考えると、その点についてはいまでも間違いではなかったと思っています。映画『エンディングノート』でも「衆知を集めて一人で決める」という父の言葉が出てきますが、そういうやり方そのものが父の個性でしたし、生き方でしたから。

砂田麻美(すなだ まみ)さん
映画監督
砂田麻美(すなだ まみ)さん 1978年生まれ。慶應義塾大学在学中からドキュメンタリーを学び、映画製作に携わる。卒業後はフリーの監督助手として、河瀨直美、岩井俊二、是枝裕和らの製作現場に参加。2009年にがん告知を受けた父の最期にカメラを向けたドキュメンタリー映画『エンディングノート』を製作。2011年に一般公開され、監督デビュー。同作は高い評価を受け、第52回日本映画監督協会新人賞・第36回報知映画賞新人賞・芸術選奨文部科学大臣新人賞他多数受賞。2013年にはスタジオジブリを題材にした『夢と狂気の王国』を監督。第39回トロント国際映画祭正式出品の他、香港・北米で一般劇場公開された。小説に『音のない花火』(ポプラ社刊)。

『わたしも、がんでした。 がんと共に生きるための処方箋』
(国立がん研究センターがん対策情報センター編、日経BP社)好評販売中

 医学の進歩によって、「がん=迫りくる死」ではなくなっています。実はかなり多くの人が、がんと共に社会で暮らしています。しかし、がんと共に生きることや働くことは、日本社会ではまだまだ普通のことと思われていません。がんと共に生きるとは、働くとは実際にはどういうことなのか。それを知っていただくために、本書ではがんに関わる当事者の方々に語っていただきました。──「はじめに」より

>>詳しくはこちら(Amazonのページにジャンプします)

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