日経グッデイ

「わたしも、がんでした」

家族が、がんと出会うとき

家族編 「がんは“生きる”と向き合うプロジェクトです」(1)

 砂田麻美=映画監督

がんは、患者本人だけの病ではありません。家族みんなが当事者になり得ます。 患者さんが「がんと共に働き、生きる」ためには、家族の役割分担が欠かせません。 では、家族は、どう身内のがんと向き合い、どうサポートすればいいのか。 例えば、がんをきっかけに、患者さんが「よく生きる」ためのプロジェクトとして 家族みんながチームのように役割分担をしながらサポートする。家族編で登場するのは、 ドキュメンタリー映画「エンディングノート」の監督、砂田麻美さんです。 映画は、末期がんと診断された砂田さんのお父さまが、 死後の後始末について「エンディングノート」を家族にしたためるところから始まります。 そんなお父さまと、ご家族やご友人とが一緒に過ごすかけがえのない時間。「死」と向き合うことで、むしろ「生きる」ことを真剣に考える。実行する。 大ヒット映画の舞台裏でもある砂田さんとご家族のご経験から、 がんと家族と人の死と生について、砂田さんと一緒に考えてみましょう。

2009年5月、砂田さんのお父さまは、68歳で胃がんと診断されました。少し前に40年以上勤めた会社を退職し、第2の人生を楽しみはじめた矢先のことでした。毎年受けていた健康診断で胃に異常が見つかり、精密検査を受けたところ、肝臓に転移したステージIVの進行胃がんであることがわかったのです。

 私がはじめて監督した『エンディングノート』は、主に私の父が胃がんを宣告されてから亡くなるまでの半年間を追いかけたドキュメンタリー映画です。

 がんを告知された父は、それから間もなく、葬儀やお墓の話、財産分与など、自分の亡くなったあとのことについて、家族に「具体的な覚え書き=エンディングノート」を書き始めました。

 映画では、父が書いた「エンディングノート」の内容をモチーフにしながら、がんにかかった父が、家族や、友人や、自身の人生とあらためて向き合うさまを描き、予想以上に多くの方に観ていただきました。

 父は、がんを告知されてから半年で亡くなります。闘病期間は長くはなかったけれど、私も、家族も、父のがんと向き合って、いろんなことを悩んだり、いろんなことを感じたり、結果として、いろんなことを知りましたし気づきました。

 最初、父ががんにかかっていることを知ったとき、正直にお話しすると、ピンとこなかったんですね。「お父さん、がん? あの、がん?」という感じで。リアリティーがない、というか。私だけじゃなくて、家族も、父自身もそうでした。

 父がはじめに異変に気づいたのは、定期的な健康診断でした。

 2009年の9月のことです。胃に影が見つかって、あらためて精密検査を受ける、ってことになったんです。このときは、父も家族もさほど気にしている様子はありませんでした。毎年検査を受けていたし、これまで何の異常も見つかったことはなかったですし。ですから、精密検査の結果が出たときも、たぶん何でもないだろう、と思っていて、そのときは父がひとりで病院に行きました。

 そこでいきなり「胃がんです」って診断が下ったんです。じゃあ、そこで父ががっくり落ち込んだり、診断結果を父から伝えられた私たち家族がパニックになったりと、テレビドラマみたいな展開があったかというと、そんなことはなくて、なんだか他人の話を聞いているような感じでした。今にして思うと、あまりに唐突な出来事だったので、何十年もずっと一緒に暮らしていた父が突然がんになった、ということに実感がわかなかったのかもしれません。もしかすると、父本人もそうだったのかもしれない。ただ、そこでぼんやりしていたわけじゃなくて、すぐにがんの治療に対する行動は起こしました。

映画「エンディングノート」より主人公の父と孫達 (©「エンディングノート」製作委員会)
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家族の中で、いくつか方針が決まっていった

 まず、診断を下したのとは別のお医者さまの意見を聞こう、ということになりました。セカンドオピニオンですね。やっぱり複数の意見を聞いたほうがいい。父は当初、セカンドオピニオンをお願いすることに必ずしも前向きではありませんでした。病院や先生に対して失礼だという思いが強かったんだと思います。けれどそこは、子供たちが強くすすめたことによって、最終的に父も納得しました。

 そうして父が最初にがんの告知を受けてからセカンドオピニオンを聞くまでの間くらいから、家族の中で、何となくですが、いくつか方針が決まっていったんです。

 まず父の診察には、必ず誰かが付き添うこと。父ひとりでは病院に行かせないこと。なにかを判断しなくちゃいけないとき―例えば、どの治療法を選びますか、入院しますか、それとも通院で対応しますか、という判断に迫られたときって、家族が一緒にいたほうがいいだろうし、迷ったり不安になったりするのも、ひとりじゃないほうがいいだろうとも思ったんですね。

 誰かが必ず付き添っていく、というのには、もうひとつ目的があって、それは、父のがんに関する情報は家族で徹底的に共有しておこう、そのためには、父以外の誰かがいつも直接病院での話を聞いておこう、ということでした。このとき、兄の家族が海外赴任をしていたこともあったので、家族での情報共有はとても重要だったんです。

 あとは、役割分担ですね。私は調べもの担当。こういうのは、性格が出るので、それぞれの性格に応じて、結果として役割が決まっていったわけで、誰かが指示を出して、あれをやれ、これをやれ、と決めたわけじゃないです。

 そんな具合に、家族がチームみたいなかたちで、けれど自然な流れで父のがんと向かい合おう、という感じになっていきました。

 セカンドオピニオンを求めたお医者さまからの診断結果を聞く日は、家族全員が同席できることになりました。このときは、まだ、どの程度の進行具合か、正確なところはよくわかってなかったんです。

 結果は、ステージIVでした。手術は不可能で、かなり進行した状態、とお医者さまから告げられました。父のがんは、思っていたよりずっと深刻でした。

 このときも、父自身が動揺したり、様子が変わったりしたかというと、少なくとも私たちと一緒にいるときには、そういう姿を見せなかったですね。

 父は68歳の戦中生まれなんですが、あの世代の男性って、自分がいまどう感じているかといった心理状態を家族にしゃべったり、感情的になったり、ということがあまりないような気がするんです。父もそうでした。エンディングノートを書き始めたのも、このステーIVの告知を受けた、少しあとでした。

ショックを受けたのは、むしろ家族のほうでした

 ステージIVと聞いて、父のがんが思ったより進行しているってことにあからさまなショックを受けたのは、むしろ私や母や姉や兄、家族のほうでした。

 最初に「がん」と聞いたときは、ピンときてなかった私たちも、セカンドオピニオンで、手術ができないほど進行している、と聞かされたときは、さすがに深刻になりました。はじめて当事者になってしまったような感じで。

 でも、当人でもないのにショックを受けたまま、というわけにはいかないし、なんとかベストを尽くしたいと思いましたから、そのあと徐々に、家族それぞれが、取りあえずできることをやろう、という雰囲気になっていきました。

 まずは、とにかくがんという病気について徹底的に調べよう、それでちゃんと知ろう、と。本を買ったり、インターネットを検索したりしながら、がんの状況、病院の選択、治療法の種類などなど、がんに対する情報を集めていきました。こうやっていろいろ調べるのは、もっぱら私の役目でしたね。これはもう性格で、「知らない」「わからない」というのがいちばん怖かったんです。セカンドオピニオンの結果を聞きに行くときも、試験勉強みたいに、ノートに必要事項をびっしり書き出して、お医者さまがお話しされている内容がどの項目にどう対応しているのか、ひとつひとつチェックしていました。

 私にしても、母にしても、姉にしても、海外にいる兄にしても、それぞれ性格や得意なことは違うわけで、それぞれの性格の素直な方向で、がんにかかった父をフォローするしかない。逆にそうしていくしかなかったんだなと、振り返ってみて、そう感じます。

砂田麻美(すなだ まみ)さん
映画監督
砂田麻美(すなだ まみ)さん 1978年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中からドキュメンタリーを学び、映画製作に携わる。卒業後はフリーの監督助手として、河瀨直美、岩井俊二、是枝裕和らの製作現場に参加。2009年にがん告知を受けた父の最期にカメラを向けたドキュメンタリー映画『エンディングノート』を製作。2011年に一般公開され、監督デビュー。同作は高い評価を受け、第33回ヨコハマ映画祭新人監督賞・第35回山路ふみ子映画賞文化賞・第52回日本映画監督協会新人賞・第36回報知映画賞新人賞・第26回高崎映画祭若手監督グランプリ・芸術選奨文部科学大臣新人賞映画部門を受賞。小説に『音のない花火』(ポプラ社刊)。

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 医学の進歩によって、「がん=迫りくる死」ではなくなっています。実はかなり多くの人が、がんと共に社会で暮らしています。しかし、がんと共に生きることや働くことは、日本社会ではまだまだ普通のことと思われていません。がんと共に生きるとは、働くとは実際にはどういうことなのか。それを知っていただくために、本書ではがんに関わる当事者の方々に語っていただきました。──「はじめに」より

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