昭和世代の庶民のヒーローと言えば、寅さんこと車寅次郎。『男はつらいよ』の主題歌にある、「目方で男が売れるなら、こんな苦労もかけまいに♪」というフレーズは、泣けます。
2008年4月に導入された「メタボ健診」では、何とも屈辱的なことに、40~75歳の中高年男女は、有無を言わさず“痛くもない腹”を測られることになりました。男であれ女であれ、その価値は体重やウエストの大小では決められません。が、「内臓脂肪に生活習慣病が重なると、多くの病気が起こる」というメタボリックシンドロームの本質を捉え、適切な対処をしなくてはなりません。
世界中でメタボリックシンドローム(内臓肥満症候群)の人は、増加の一途をたどっている。日本では、40~74歳の人を対象に2008年に導入された特定健診の2012年度の受診者は約2440万人で、そのうちメタボやその予備軍と指摘された人は432万人に上る。受診率は46%にとどまっているため、背後にその倍以上のメタボが潜んでいるともされる。
また、米国ワシントン大学が世界188カ国の最新のデータをまとめた「世界肥満実態調査」によれば、過体重(BMI>25)と肥満(BMI>30)の人は、1980年に8億8500万人だったが、2013年には2.5倍の21億人にまで増加している(*1)。世界の3人に1人は肥満という異常事態である。
なぜ、それほどまでに肥満者が増加しているのか、それを進化医学から読み解くのが、井村裕夫氏(先端医療振興財団理事長、京都大学名誉教授)である。
ヒトは進化の過程でメタボを運命付けられている
進化医学は、生物の歴史をひもとき、ヒトの病気の成り立ちやその対策を考えようというのが、その目標である。
生命の起源は、今から約38億年前、地球上に出現した単細胞生物とされる。その後、何回もあった氷河期(うち2回は全球凍結)、大陸の移動、東日本大震災をはるかに上回る大地震、酸素濃度が上下するような過酷な環境変化などに襲われた。今を生きる我々の体には、こうした太古からの歴史が刻み込まれている。激しい環境の変化に適応し、子孫を多く作った生物だけが遺伝子を残すことができた。同じ種の中で遺伝的多様性を保つことで、環境が変わっても一部だけでも生き残ってくれればよいという戦略でもあった。

進化の過程では、トレードオフを免れられず、様々な病気が生まれた。例えば、ヒトは哺乳類の中で唯一、二足歩行をするようになり、手が解放されて道具を作るようになって進化し、今日の繁栄を築いている。半面、二足歩行が下半身に負担を与え、椎間板ヘルニア、膝関節や股関節の障害などを生じるようになってくる。
井村氏は、「進化医学から見て、現代人がメタボになっていくのは必然だ」と見る。根拠として、主に3つの仮説がある。
飢餓を生き抜くために体脂肪を蓄えるのは必然
まず、「倹約遺伝子仮説」である。我々の祖先は、飢餓と向き合っていることも多かったため、大きな獲物を捕らえる機会ができた時は、できるだけ、それを脂肪として体に蓄積できた人が、自然選択として生き残ってきたのだ(*2)―とするものだ。なかなか説得力があるが、証明ができているわけではない。
次が、ヒトは環境に適応してきたとする仮説で、過酷な環境で生き残った人は、体脂肪が多かったとする説だ。上記とよく似た仮説である。熊が冬眠する前、渡り鳥が渡る前など、野生動物は、特別な場合を除いて、太ることはない。太れば他の捕食生物から狙われやすいし、獲物を捕らえることもできなくなる。しかし、野生動物も動物園に飼われたり、ペットになると肥満になることがある。アフリカで生まれた人類も、肉食獣に襲われないようサバンナを走り、引き締まった体躯をしていたはずだが、武器を持って身を守り、火を得て食物を調理するようになったことで事情が一変した。時として到来する飢えに備え、肥満していたほうが有利になったとされる。
*2 NEEL JV. Diabetes mellitus: a "thrifty" genotype rendered detrimental by "progress"? Am J Hum Genet. 1962 Dec;14:353-62.