昭和世代の庶民のヒーローと言えば、寅さんこと車寅次郎。『男はつらいよ』の主題歌にある、「目方で男が売れるなら、こんな苦労もかけまいに♪」というフレーズは、泣けます。
2008年4月に導入された「メタボ健診」では、何とも屈辱的なことに、40~75歳の中高年男女は、有無を言わさず“痛くもない腹”を測られることになりました。男であれ女であれ、その価値は体重やウエストの大小では決められません。が、「内臓脂肪に生活習慣病が重なると、多くの病気が起こる」というメタボリックシンドロームの本質を捉え、適切な対処をしなくてはなりません。
高血糖、高血圧と並び、メタボリックシンドロームの一角を担うのが「脂質異常」。生活習慣病退治は、具体的な“敵役”があったほうが取り組みやすい。今は、矛先がもっぱらメタボに向かっているが、メタボ登場前までは、脂質の1つ、“コレステロール”も相当な悪役だった。脂質がターゲットというのは、いかにも分かりやすい構図だが、そもそも脂質は人間の体に不可欠な物質であり、増えすぎたことが問題なのだ。
体内には、大まかに4種類の脂質が蓄えられており、どれも重要な働きをしている。まず、「コレステロール」は、ホルモンや細胞膜の成分となる。「中性脂肪」(トリグリセライド)は脂肪細胞中に蓄えられ、必要に応じて「脂肪酸」に転換されてエネルギー源となる。また、「リン脂質」は細胞膜の主な原料となる。
コレステロールは、食品から摂取する量の約4倍が体内でつくられ、主として肝臓で合成される。コレステロールは水に溶けにくいので、血液中では、蛋白質と結合した形(リポ蛋白)で運ばれている。この蛋白質は、大きさや比重から、低比重リポ蛋白(low density lipoprotein;LDL)、高比重リポ蛋白(high density lipoprotein;HDL)に大別される。
一般に、HDLと結合したHDLコレステロール(HDL-C)は“善玉”とされるのに対し、LDLと結合したLDLコレステロール(LDL-C)は“悪玉”呼ばわりされている。LDLは、全身の組織にコレステロールを供給する輸送部隊として働いているが、増えすぎると血管壁の傷ついた所などに付着し、動脈硬化を引き起こすためだ。一方、HDLは、細胞に蓄積されたLDL由来のコレステロールを回収し肝臓に送り出してくれるので、少ないほうが問題になる。このため、LDL-Cは正常範囲内で、HDL-Cが高いという人は、治療の必要がない。
なぜメタボの診断基準に高LDL-C血症がないのか
さて、血中のこれらさまざまな脂質の量を測り、その値に異常があった状態は、ひとまとめに「脂質異常症」と呼ばれる。脂質異常症には、高LDLコレステロール血症、低HDLコレステロール血症、高トリグリセライド血症、などがある。
LDLコレステロール
(LDL-C) | 140mg/dL以上 | 高LDLコレステロール血症 |
---|---|---|
120~139mg/dL | 境界域高LDLコレステロール血症(*1) | |
HDLコレステロール
(HDL-C) | 40mg/dL未満 | 低HDLコレステロール血症 |
トリグリセライド
(中性脂肪) | 150mg/dL以上 | 高トリグリセライド血症 |
これに対し、メタボの診断基準の中の脂質異常の項目は、「中性脂肪 150mg/dL以上/HDL-C 40mg/dL未満のいずれかまたは両方」となっており、高LDL-C血症は含まれていない。なぜだろうか。メタボで、内臓脂肪に貯まる脂質は中性脂肪で、その影響を受けて中性脂肪は高く、HDL-Cは低くなりやすい(HDL-Cの血中量は中性脂肪と逆相関を示す)。一方、LDL-Cは内臓脂肪の蓄積とはあまり関係しておらず、食生活や遺伝的素因の影響が強いからだ。
神戸市立医療センター中央市民病院院長で日本動脈硬化学会元理事長の北徹氏は、「高LDL-C血症は、認識が高まって治療法の開発も進んだ。一方、LDL-Cが正常範囲内でも動脈硬化を起こす人の問題が残り、原因究明の中からメタボが浮上した」と語る。