昭和世代の庶民のヒーローと言えば、寅さんこと車寅次郎。『男はつらいよ』の主題歌にある、「目方で男が売れるなら、こんな苦労もかけまいに♪」というフレーズは、泣けます。
2008年4月に導入された「メタボ健診」では、何とも屈辱的なことに、40~75歳の中高年男女は、有無を言わさず“痛くもない腹”を測られることになりました。男であれ女であれ、その価値は体重やウエストの大小では決められません。が、「内臓脂肪に生活習慣病が重なると、多くの病気が起こる」というメタボリックシンドロームの本質を捉え、適切な対処をしなくてはなりません。
九州一の大都会、博多の中心地から、東へわずか10kmほど、人口8000人余りの福岡県糟屋郡久山町は、ベッドタウン化の波に完全に飲まれることなく、今も農地が広がり、年齢・職業構成とも今も日本の“平均像”を保っている。日本の縮図と考えていい。
日本人の死因究明を目的に始まった久山町研究
1950年代、日本人の死因の首位といえば、脳卒中だった。脳卒中は、脳出血や脳梗塞など、一撃で脳にダメージを与える脳血管の病気の総称で、日本人の場合、9割以上が脳出血で、脳梗塞の12倍以上と欧米に比べて著しく多かった。
これを誤診ではないかとする欧米からの指摘に決着を付けるため、九州大学医学部が、久山町民の協力を得て、1961年に真の死因究明のための疫学研究を開始したのが、「久山町研究」の発端だ。
当時は画像診断もない時代で、脳卒中を確実に見極めるには剖検(解剖)しかない。久山町研究から、結局、脳卒中の病型診断において、脳梗塞などを脳出血と見誤っていたと決着がついた。
その後、同研究は、脳卒中の最大の危険因子とされる高血圧の予防と対策へと視点が移り、毎年の健康診断に加え、5年ごとにより詳細な大規模健診を実施するようになった。具体的には、10年ごとに40歳以上の住民の集団を作って生活習慣や健康指標となる検査値などの変化を追跡し、死後は剖検までして、正確な死因を調べている。
追跡されている集団は、以下のような人数だ:1960 年代(1618 人)、1970 年代(2038人)、1980年代(2459人)、1990 年代(1983人)、2000 年代(3108人)。九州大学と住民との間に厚い信頼関係があるため、現在も、健診受診率は80%(一般の自治体は20%程度)を誇り、剖検率も75%と、驚くほど高い。
メタボが世に登場してまだ10年ほどだが、“平均的日本人”を半世紀以上追跡し続けてきた「久山町研究」は、生活習慣病について世界に誇る精度の高いデータを提供している。その中身を検証したい。
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