「沈黙の臓器」と呼ばれる肝臓では、がんが発生しても症状がないまま進行することが多い。治療後に再発することも多く、予断を許さないがんだ。だが、治療の選択肢は幅広く、近年は新たな治療薬も登場。大きな転換期を迎えているという。肝臓がんが起こる原因や発症の危険因子は何か、治療法にはどのような選択肢があるのか? 肝臓がんを取り巻く現状について、順天堂大学医学部附属順天堂医院肝・胆・膵外科教授の齋浦明夫氏に聞いた。
※肝臓がんには、他の臓器から転移した「転移性肝臓がん」もありますが、今回は肝臓にできる「原発性肝臓がん」のうち9割以上を占める「肝細胞がん(以下、肝臓がん)」について解説します。
肝炎ウイルスを駆除しても肝臓がんはなくならない
肝臓がんの患者数や死亡率がどう推移しているのか、現在の状況を教えてください。
齋浦 肝臓がんは、患者数(人口10万人対の罹患率)では大腸、胃、肺に次ぐ4位ですが、近年減少傾向にあります。患者数の減少に伴い、肝臓がんの死亡率(人口10万人対)もここ数年で4位から5位に下がりました(図1)。理由の1つは、肝臓がんの原因の多くを占める、C型・B型の肝炎ウイルスの感染者が減ったことです。
肝臓がんの原因として最も多いのは、昔も今もC型肝炎です(図2)。古くから、C型肝炎は「戦争があると増える」と言われた病気で、血液を介してウイルスが蔓延します。米国は第二次世界大戦の後も戦争が続いたので罹患率があまり減っていませんが、日本は戦後から減り始めました。

もう1つの理由は、肝炎ウイルスを除去する治療がこの10年で飛躍的に進歩し、感染しても治癒する人が増えたことです。特にC型肝炎は、抗ウイルス薬によってウイルスをほとんど駆除できるようになりました(*1)。従来は、肝炎ウイルス感染から肝炎、肝硬変、肝臓がん、という経過をたどっていたのですが、そうなる人が少なくなり、肝臓がんで亡くなる人も減ったのです。
肝炎ウイルスを除去する治療が進んだことで、今後、肝臓がんはさらに減っていくのでしょうか。
齋浦 ウイルス性肝炎が劇的に治るようになった割に、死亡率は4位から5位へ下がっただけで、劇的に減少したわけではありません。なぜなら、ウイルス性肝炎が減る一方で、「脂肪肝」を原因とする、新しいタイプの肝臓がんが増えているからです。なお、脂肪肝からくる肝臓がんは、ウイルス性肝炎とは違う仕組みで発生しますが、はっきりしたことはまだ分かっていません。
一方、ウイルス性肝炎については、早期にウイルスを除去する治療を受ければ、発がんはかなり抑えられると思います。「思う」と言ったのは、肝臓が肝炎ウイルスにどのくらい長くさらされたかにより、発がん率が変わるからです。C型肝炎は何十年もさらされないと発がんしにくいのですが、B型肝炎は比較的短期間でも発がんする点が異なります。いずれにせよ、ウイルスを早期に制御できれば、ウイルス性肝炎からの発がんはかなりゼロに近づくでしょう。