健康診断を受けたとき、甲状腺がんが偶然見つかる人が増えている。甲状腺がんの大部分はおとなしく、生涯にわたりほとんど進行しないものもある。そのため、最近では一部の甲状腺がんに対して手術をせずに経過観察する選択肢も示されるようになってきた。だが、がんがあると分かれば、経過観察で本当に大丈夫なのか、不安になるのも無理はない。一般的ながんの常識である、「早期発見・早期治療が重要」が当てはまらない甲状腺がんの性質や治療法について、日本医科大学付属病院内分泌外科部長の杉谷巌氏に聞いた。
大部分の甲状腺がんは、ゆっくり進む「おとなしいがん」
甲状腺はどのような役割がある臓器なのでしょうか。
杉谷 甲状腺はのど仏の下にあり、空気の通り道である気管に貼りつくように存在しています(図1)。主な役割は、新陳代謝を調整する「甲状腺ホルモン」を分泌することです。甲状腺ホルモンには体に元気をつけるような作用があり、生涯にわたり一定量の分泌が必要となります。
その甲状腺の腫瘍には良性と悪性(がん)があります。甲状腺のしこり(結節)のほとんどは、良性の「腺腫様甲状腺腫」なのですが、近年は悪性の甲状腺腫瘍、つまり甲状腺がんが見つかる人が増えています。

甲状腺がんの特徴を教えてください。
杉谷 甲状腺がんには、乳頭がん、濾胞(ろほう)がん、髄様がん、未分化がん、悪性リンパ腫などがあります(表1)。
乳頭がん | 甲状腺がんの9割以上を占める。ほとんどは成長が遅い低リスクのタイプで、予後が良い |
濾胞(ろほう) がん |
良性の濾胞腺腫との区別が難しい。リンパ節転移は少ないが、遠隔転移を起こすことがある |
髄様がん | 約3分の1が遺伝によって起こる。乳頭がんや濾胞がんよりも予後が悪いことが多いが、頻度は低い |
未分化がん | 頻度は低いが、急速に進行し、予後が極めて悪い。乳頭がんや濾胞がんだったものが、未分化がんとなることがある |
悪性リンパ腫 | リンパ球のがん化によって起こる悪性リンパ腫が、甲状腺に発生することがある。頻度は低い |
このうち圧倒的多数(9割以上)を占めるのが乳頭がんです。乳頭がんの10年生存率は95%以上なので、多くの甲状腺がんはタチの悪くないがんだと言えます。ただし、乳頭がんであっても、成長が比較的速い高リスク型の場合もあります。10年生存率は、低リスク型なら99%ですが、高リスク型だと70%程度に下がります。
また、高リスク型の乳頭がんが、最終段階で未分化がんという極めて予後の悪いタイプに変わってしまう場合もあります。このように、どの種類の甲状腺がんかにより、まるで別の病気のように特徴が違うのです。
乳頭がんは女性に多く、40~50代の発症が目立つ
甲状腺がん患者の年齢や性別などに、特徴はありますか。
杉谷 乳頭がんは20代でも高齢者でも起こりますが、見つかる人の多くは40~50代です。高リスクの乳頭がんや未分化がんの場合は、高齢者に多い傾向があります。
性別に関しては、乳頭がんは男性より女性のほうが5~7倍多く見られます。なぜ女性に多いかは分かっていません。一方、予後の悪い未分化がんでは男女比にあまり差がありません。
甲状腺がんの原因は分かっているのでしょうか。原子力発電所の事故との関係はありますか。
杉谷 甲状腺がんは、放射線感受性が高い若年層の人が放射線を浴びると発生しやすいことが、チェルノブイリ原子力発電所事故後の調査などから分かっています。しかし、東日本大震災で起きた原発事故後の福島では、放射線被曝(ひばく)を原因とする甲状腺がんは増えていないという報告が出ています(*1)。
他のがんのように喫煙や飲酒などの生活習慣が関係するかどうかは不明ですが、海外では、甲状腺がん発生に肥満が関連するという報告もあります。