日経グッデイ

季節の病気を上手に防ぐ

ノロウイルス、どうすればうつらない? うつさない?

正しい知識で冬の嘔吐・下痢を回避しよう

 田中美香=医療ジャーナリスト

「下痢と嘔吐で寝込んだ家族の世話をしたら、自分も感染してしまった…」。冬の足音が近づくにつれ、こんな嘆きを聞く機会がぐっと増える。冬の嘔吐・下痢の多くを占めるノロウイルス感染症は、インフルエンザ同様、冬になると必ず流行する厄介な存在だ。ノロウイルス感染症を含む感染性胃腸炎全般に詳しい、豊島病院感染症内科の相楽裕子氏によれば、ノロウイルスへの対処法には意外な盲点がある上、変異したウイルスもしばしば出現するという。家族でトイレを奪い合わなくて済むよう、正しい知識をもってノロウイルスに備えよう。

ノロウイルスはなぜ冬に大流行する?

 毎年、冬になると必ずお目見えするノロウイルス。ノロウイルス感染症の代表的な症状は下痢・嘔吐で、さらに発熱を伴うこともある。その特徴は、何と言っても強い感染力だ。「通常、食中毒を引き起こす細菌の多くは10万個くらい体の中に入らないと発症しません。しかし、ノロウイルスは10個~100個という、ごく少量でも人の腸管に感染する力があります」(豊島病院感染症内科の相楽裕子氏)。このような感染力に加え、ノロウイルスは「発病させる力(症状を引き起こす力)」も強い。ウイルスが体に入った人の約半分、2人に1人の割合で症状が出るほど強い力を発揮する。

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 ノロウイルス感染症の患者が出始めるのは、例年10月中旬あたり。秋から冬へと移る時期だ。ノロウイルス感染症が冬に流行する理由は、低温に強いというノロウイルスの性質にある。例えば、約20度の室温では1カ月しか生きられないが、4℃という低温の状態では2カ月もの長い間生き続けるという。

 また、潜伏期間が短いこともノロウイルスの特徴の一つだ。ウイルスが体に入ってから発症するまでの時間はわずか24~48時間。これはインフルエンザとほぼ同じ速さである。

「人の手を介する感染」が多いが…

 ノロウイルスは患者の便や吐物の中に多く存在し、手などを経由して人から人への接触で感染するパターンが圧倒的に多い。トイレ、ドアノブや手すりなど、大勢の人が触れる場所に付着しながら広がっていく。そのため、ウイルスを持つ人が一人出た途端に、集団発生へ発展してしまうことがある。

 さらに、吐物や便の処理の際に舞い上がった飛沫を吸い込む「エアゾル感染」でも感染するので注意が必要だ、と相楽氏は言う。たとえば、吐物を拭き取った後、床や絨毯をきちんと消毒しないと、吐物中のウイルスが床に残って乾燥し、掃除などの際に舞い上がっていく。これを吸い込んで感染するのがエアゾル感染だ。結核のように、広い空間にただよう菌を吸い込む空気感染とは少し異なり、限られた空間で起こる感染だという。

近年問題になっているのは「カキ以外の食品を介する感染」

 ノロウイルスのもう一つの感染ルートが、食品を介した感染だ。下水と共に海へと排出されたノロウイルスは、カキなどの二枚貝に蓄積され、それらの貝を生で、あるいは不十分な加熱調理で食べることによって、ノロウイルスに感染することがある。

注意すべきなのは牡蠣だけではない(©Brent HOfacker -123rf)

 最近増えているのは、二枚貝以外の食品(ノロウイルスを蓄積する性質を持たない食品)による感染だ。飲食店、仕出し弁当や学校給食などでは二枚貝とは無関係の食品が原因となる食中毒が多発している。多くは、調理あるいは配膳過程で食品取扱者から直接、あるいは汚染食品によって2次的に別の食品が汚染された結果と考えられている。1件当たり500人を超える食中毒もまれではない。

 食べる側としては、このような感染経路は防ぎようがないから困りものだが、自分で調理する場合は、手指や調理器具を清潔に保つことがいかに重要かを示す事例といえる。

かかってしまったら第一に水分補給、そして栄養補給も忘れずに

 ノロウイルスに感染すると、下痢や嘔吐で体の水分が急速に失われていく。そこで起こるのが脱水症状だ。水のような下痢が続いたら、まずは水分補給が欠かせない。目安としては1日2リットル程度、イオン飲料などの水分摂取を心がけるとよい。

 もう一つ注意したいのは、「どうせ食べても吐くから、落ち着くまで絶食しよう」と自己判断しないこと。水のような下痢が続くと多量の水分が体外に出るが、これは単なる水ではなく、本来吸収するはずだった栄養分も含まれている。そのため、水だけ飲むのでは栄養が不足し、回復が遅れてしまう。消化の悪い繊維質のものは避けつつ、消化が良く、食べやすいもの(おかゆ、うどんなど)で体力をつけよう。

回復を遅らせる下痢止めは飲まないで

 ノロウイルス感染症は、基本的には自然治癒する病気だ。また、現在のところ、ノロウイルスに直接効く薬は開発されていない。そのため、病院に行っても点滴で脱水症状を補うなど、つらい症状を和らげる治療が中心になる。こうなると、「受診はせずに薬局の下痢止めで急場をしのごう」などと考えがちだが、相楽氏はこの発想に待ったをかける。

 「感染性の胃腸炎に対して、腸の動きをおさえて下痢を止めるタイプの薬はお勧めしません。ウイルスが排出されず体内にたまる上、腸が麻痺して詰まったような状態になり、腸閉塞を起こすこともあるからです(麻痺性腸閉塞)。中には、腸が破れて炎症を起こす人も、毎年見られます(腸穿孔)」(相楽氏)。

 下痢に対して不適切な判断をすると、このような大変な事態を招きかねない。安易に薬を飲むより、症状がひどいなら早期に受診しよう。

アルコール消毒はあまり効かない! だから予防の基本は「石けんでの手洗い」

石けんで手洗いをしっかりと(©sailanalt -123rf)

 では、ノロウイルスの感染を防ぐ上では、何に気を付ければよいのか。「何よりも石けんでの手洗い励行が大切です」と相楽氏は話す。石けん自体に殺菌作用がある訳ではないが、ウイルスを機械的に流す上で欠かせないのだという。トイレの後、食事の前、調理の前など、要所でしっかり手を洗うことを習慣化したい。指の間や手首まで入念に洗うことを心がけよう。まな板や包丁などの調理器具を扱う際も、やはりアルコールではなく、塩素系漂白剤や熱湯で消毒とするとよい。

 なお、最近、人の出入りが多い場所では「感染予防にご協力ください」と書かれたアルコール系の消毒液を見かけるようになった。しかし、残念ながらノロウイルスにはアルコールがあまり効かない。同様に、トイレに設置されている便座クリーナーもアルコール系なので、やはりそれほど効果がない。

身近な人の「もしも」に備え“七つ道具”をそろえておこう

 もし、身近な人がノロウイルスに感染し、看病することになったとしたら、いかに自分が感染しないで済むかを考えなければならない。そのためには、吐物や便を素手で片づけるなんてことは絶対に避けたい。エプロンや使い捨ての手袋・マスクをつけ、汚物に新聞紙などをかけて飛び散るのを防ぎながら拭き取ること。顔や髪に手を触れるのもご法度。床などは塩素系漂白剤で拭いてから、さらに水拭きも必要だ。下にまとめた“七つ道具”を常備しておき、うつらないよう注意して処理に当たろう。ノロウイルスは熱に弱い性質があるので、加熱処理も併せて行うことだ(下図)。

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 なお、症状が落ち着いても、ノロウイルスが体の外に出たとは限らない。通常は回復から1~2週間でウイルスが排出されるが、中には40~50日、さらに相楽氏の調査によると、3カ月もウイルスが体内に残っていた例もあるという。相楽氏は、「下痢が終わったから、嘔吐が収まったからといって、ウイルスが消えたとは限りません。ノロウイルスに感染しても、症状がない人だっているのです」と語る。ウイルスを拡散させないためには、症状がないからといって油断せず、これまで触れたように、日ごろからこまめな手洗いを心掛けることが肝要だ。

変異型ノロウイルスが登場すれば、大流行のおそれも

 予防接種である程度予防できるインフルエンザと違って、ノロウイルスにはワクチンが存在しない。しかも、毎年あるいは数年おきに、変異による新しい型が登場するというからやっかいだ。「ノロウイルスに感染するとある程度は免疫がつくとされていますが、数カ月程度しか持続しません。それでも、新しい型のノロウイルスが現われて数年たつと、人間の身体も慣れるのでしょうか、患者数が少し減る傾向があります。そしてまた新しい変異ウイルスが現われると、患者数が急増する。この繰り返しです」(相楽氏)。今後も新しいタイプが出現すれば、巷で大流行するおそれもある。正しい知識と、それに基づく対策で冬を乗り越えよう。

相楽裕子(さがら ひろこ)さん
公益財団法人東京都保健医療公社 豊島病院感染症内科 非常勤医師
相楽裕子(さがら ひろこ)さん 1965年東京医科歯科大学医学部卒業。東京都立豊島病院小児科、同院感染症科医長、横浜市立市民病院感染症部部長を経て、現在は公益社団法人東京都保健医療公社豊島病院非常勤医師。横浜みなと赤十字病院、国際協力機構(JICA)健康管理課でも診療を行っている。専門は感染症全般。特に腸管感染症、輸入感染症、HIV感染症に詳しい。
編集協力:ソーシャライズ
病気の解説やその分野のトップレベルのドクターを紹介するWebサイト「ドクターズガイド」を運営。