5月の病気といえば、すぐに頭に浮かぶ五月病。これは正式な病名ではなく、ゆううつでふさぎこむ気分(抑うつ気分)が続く状態を指している。一過性であればよいが、うつ病に移行してしまうと再発しやすく注意が必要だ。2009年度の国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、うつ病や自殺による日本国内の経済損失は2.7兆円にのぼり、うつ病をきちんと治療して復職することは社会全体の課題になっている。今回は、りんかい月島クリニック(東京都中央区)理事長・院長の吉田健一氏に、うつ病の現状と治療について聞いた。青葉薫る5月、心の病について考えてみよう。
五月病は本当に5月に多い?

新年度が始まる4月は、入社、入学、転勤など環境の変化が激しい。こうした節目をきっかけに、ストレスで心身症状が出るものが、いわゆる五月病だ。5月に心の不調を訴える人は本当に多いのか、精神科を専門とするりんかい月島クリニック理事長・院長の吉田健一氏に聞いたところ、ゴールデンウィーク後は確かに患者が増える傾向があるという。
「若い人の中には、就職活動や受験を経て新生活をスタートした矢先、次の目標がなくなって喪失感に苛まれたり、理想と現実のギャップに失望したりして心身の変調をきたす人がいます。社会人の一部でも同様に、4月の異動で苦手な上司と同じ部署になるなどしてストレスが高まり、徐々に具合が悪くなることがあるようです。4月中は調子が悪くても『あと〇日出勤すれば連休だ』とがんばれるため、初診を申し込む患者さんは少し減りますが、連休後に学校や職場に戻ると再び気持ちが落ち込み、『やはり病院に行ってみようか』と受診する。これがいわゆる五月病の起こる仕組みでしょう」。つまり、新しい環境に適応しようとがんばってきた人の心の反動が出やすい時期が5月ということだ。
仮面うつに新型うつ…うつ状態にはさまざまなタイプがある
一過性の抑うつ気分だけで回復すればよいが、いわゆる五月病は、うつ病などの「気分障害」の始まりである可能性もある。「気分障害」は概ね、「うつ病」と、うつ状態と躁(そう)状態を繰り返す「双極性障害」の2つからなり、うつ病の場合は意欲低下、悲哀感、無関心、集中困難、倦怠感、睡眠障害などが現れる。原因は、脳の神経伝達物質である、セロトニンやノルアドレナリンの伝達が悪くなることだといわれている。
うつ状態にはさまざまなタイプがあることが知られる。食欲低下、動悸、頭痛、めまいなどの身体症状が前面に出て抑うつ症状が目立たない「仮面うつ」や、つらくて職場には行けないのにプライベートでは楽しく過ごせる、いわゆる「新型うつ」もその一つだ。
新型うつは2~3年前にメディアで話題になったが、医学的に確立された概念ではなく、うつ病の一部と考えて良いのかどうかについては医師の間でも議論が分かれているのが現状だ。周囲の理解が得られにくく、仮病とみなされて批判されることも多い。吉田氏の話では、新型うつは病欠や休職などに関する療養制度が整っている公務員や大企業の社員に多い傾向がみられるという。しかし、新型うつのように見える人たちの中にも、本物のうつ病の人が潜んでいることもあり、見極めは容易ではない。
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