日経グッデイ

誰にも言えない…オトコのお悩み相談室

不妊に悩む妻、実は原因はオレにあるのかも…

男性の積極的な不妊治療が女性の体を守る

 荒川直樹=科学ライター

まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。

 子供が大好きなオレの奥さん。30歳になったのをきっかけに、好きだった仕事を辞め、子作りに専念することになった。最初は気楽に考えていたが、2年経ってもなかなか妊娠しない。オレは子供は授かりものだと思っているが、彼女の思いは真剣だ。婦人科で相談したらしく、カレンダーには“その日”のマークが描かれているが、仕事で疲れているときは「ごめん!」と言うしかない。これで「もしオレの方が原因の不妊だったら」と思うとつらくなる。悪影響が大きいと聞く喫煙も控えるべきだろうか。男性のための検査方法や「妊娠力アップ」の方法などについて、基本的なことを知りたい。
(イラスト:川崎タカオ)

 子供が欲しいと願っていながら、なかなか授からないという夫婦は少なくない。女性はつい自分を責めてしまいがちだが、不妊の原因が夫婦のどちらかにあるかをはっきりさせることは意外に難しい。

 WHO(世界保健機関)が行った不妊症の原因調査では、原因が男性のみにある場合は24%、女性のみが41%。そして、男女ともにある場合が24%、原因不明が11%と報告されている。つまり、不妊で悩むケースの約半数(48%)は、男性にも何らかの原因があるのである。

 東邦大学医療センター大森病院(東京都大田区)リプロダクションセンターの永尾光一センター長は、「現在の生殖医療は、婦人科が受け持つケースが多くなりすぎ、時に女性の体に大きな負担をかけている」と指摘する。例えば、男性の精液中の精子が少ないことで顕微受精などを行う場合でも、女性の体から卵子を取り出すことが必要なばかりか、流産などのリスクも女性が負うことになる。

 永尾センター長は「男性の体の治療をこれまで以上に積極的に行うことで、妊娠しやすくすれば、女性の負担は少なくなる」と話す。今回は、不妊治療のために男はどこまで頑張れるのか、生活改善を含め基礎的なことをまとめた。

病院で精液検査を受けるのが第一歩

 男性不妊の原因には、そもそも性行為が成立しない勃起障害(ED)、精巣で作られた精子が精液になる途中に原因があるもの(精路閉塞など)、遺伝的な要因(染色体異常)などさまざまだが、実は最も多いのは「原因が分からないまま、精巣で精子を作る機能が低下していること」だという。

 だから通常に性行為を行っているのに、なかなか子供ができないという場合、まずは精液検査を受けることが大切だ。精液検査は精液を分析し、「精子量」「精子濃度」「総精子数」「運動率」「正常形態率」「総運動精子数」などを調べる。

WHOによる精液検査の正常値(射精1回当たり)
■精液量1.5mL以上
■精子濃度1500万/mL以上
■総精子数3900万以上
■運動率40%以上
■正常形態率4%以上(奇形率96%未満)
■総運動精子数(総精子数×運動率)1560万以上

 この検査は精液を提出するだけだが、永尾センター長は「医療機関によっては自宅で採取した精液を持ち込む場合もあるが、本来は病院で採精(精液を提出すること)して欲しい」と話す。これは時間経過、温度変化、紫外線などの影響で、精子の運動率が正確に測定できないため。採取してから検査までの時間は30分後から1時間の間がよいとされる。

 医療機関で検査の予約をしたら、検査日から逆算して3日の禁欲期間(射精しない期間)が必要だ。「病院じゃ緊張して、量が足りなかったりしないか」という心配は無用だ。例えば、東邦大学リプロダクションセンターのホームページによると、ソファーの用意された個室が用意され、「性的刺激としてのビデオを見ることができ、グラビア本の持参も可能」とあるので、安心して受診することができそうだ。

総運動精子数が少なくても改善手段あり

 この精液検査を行うと、いま自分がどれだけ女性を妊娠させる力があるかが分かる指標になる。最も重要なのは「1回の射精で、元気な精子がどれだけいるか」を表す総運動精子数。精子量×精子濃度×運動率で割り出す。

 総運動精子数が1560万以上の場合は、通常の性行為で妊娠する可能性があるが、それ以下の場合は数に応じて人工授精、体外受精、顕微授精など、いわゆる「生殖医療」の手助けを借りて妊娠を目指すことになる。ただ、精液検査の値は変動するので、1度悪い結果が出たとしても、数回繰り返すことで正常と診断されることもある。

総運動精子数が妊娠手段選択の目安に
総運動精子数妊娠方法の例
1560万以上通常の性行為で妊娠する可能 性があるが、1年以上不妊なら 専門医に相談を
1560万未満1000万以上人工授精が勧められるが、5回 以上で妊娠しないなら、体外受 精、顕微受精も検討する。
1000万未満体外受精、顕微受精が勧めら れている
東邦大学の資料より作成。女性が高年齢の場合などは、基準が異なる場合もある。

男性の15%にみられる精索静脈瘤が原因の可能性も

 では、何回かの検査で総運動精子数が足りないという結果が出たとき、すぐに「生殖医療」を考えなければならないのだろうか。永尾センター長は「これまではそうなりがちだったが、その前に精子数が足りない原因をよく調べ、適切な治療を行うことで改善することは多い」と話す。

 専門的な治療は非常にたくさんあるが、知っておいて欲しいのは日本の成人男性の15%に見られる病気である精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)が精子数の減少をもたらす場合があることだ。精巣に入った血液は枝分かれした静脈を通り、それがだんだんまとまりながら最終的には内精静脈となって大静脈へと戻っていく。このとき右の精巣の静脈は大静脈に直接戻るが、左の静脈は一度腎臓の静脈を経由する。このとき腎臓の静脈の圧力に負けると内精静脈の血液が逆流。枝分かれした精索静脈がコブのように膨れあがった精索静脈瘤となる。症状が進むと左の陰嚢(いんのう)がデコボコに膨らむこともある。

男性の15%にみられる精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)
[画像のクリックで拡大表示]
精巣から大静脈瘤に戻る血液が逆流して静脈瘤(血管のコブ)ができる。血液の逆流を防ぐ手術治療を行うと精液の状態が改善し、妊娠可能になることも多い。

 永尾センター長は「精索静脈瘤は、精巣内の温度を高くしたり、有害物質が逆流したりすることで、精巣が精子を作る能力を弱めてしまう」と話す。そこで、検査で精索静脈瘤が見つかった患者に行われるのが、血液の逆流を防ぎ、精子量を増やす手術治療だ。

 手術は腎臓に近い静脈を結んで閉じてしまう「高位結紮術」(こういけっさつじゅつ)と、精巣に近い部分を結んでしまう「顕微鏡下精索静脈瘤低位結紮術」がある。後者は、患者の負担が小さく再発も少ない手術だが、顕微鏡下で行う精密な手術であるため、永尾センター長をはじめ高度な技術を持つ一部の医師が取り入れ始めている。

結婚前の男性妊娠力チェックが必要な場合も

 永尾センター長は、精索静脈瘤の手術治療をはじめ、精子の産生にかかわるホルモンに異常がある人のホルモン治療など、さまざまな方法で患者の総運動精子数を増やす取り組みを行ってきた。「精液検査で体外受精が必要とされてきた男性が、通常の性行為で妊娠できるまでに回復したケースを多く見てきた。男性の不妊治療を積極的に行うことが、男性のみならず女性の体を守ることにつながると確信している」と話す。

 また、精子数の減少には全く原因が分からない場合もある。これから子供を作りたいと思っている男性に必要なことは、まずメタボリックシンドロームの予防のために生活習慣の改善に努めること。とくに喫煙は精子数に大きな影響を及ぼすという。また永尾センター長は「日ごろから、自分の陰嚢(特に左側)に関心を持つ。腫れていたり、サイズが変わるなど気になることがあれば、泌尿器科で相談して欲しい」と話す。

 最近では、結婚前の独身男性が精液検査を受けに来ることも増えたという。婚約者が「どうしても子供が欲しい」と考えている場合、不妊は夫婦生活の妨げになることもあるからだ。自分の妊娠力を知る。それは男性にとって重要な健康指標になるのかもしれない。

永尾光一(ながお こういち)さん
東邦大学医学部泌尿器科学講座 教授。同大学医療センター大森病院 リプロダクションセンター センター長
永尾光一(ながお こういち)さん 昭和大学医学部で形成外科学を8年間専攻。その後、東邦大学医学部で泌尿器科学を専攻し、両方の診療科部長を経験(二つの基本領域専門医を取得)。得意分野はマイクロサージャリーをはじめとする生殖医学領域(主に陰茎・陰嚢)の形成外科的手術。趣味はサッカー・野球観戦。