日経グッデイ

おとなのカラダゼミナール

「武者震い」はなぜ起きるの?

生き残りをかけた戦いの場で体温は上がる

 佐田節子=ライター

聞きたかったけど、聞けなかった…。知ってるようで、知らなかった…。日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説する連載コラム。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の“からだ知恵録”をお届けしよう。

 前回「風邪で熱が高いのに、ぞくぞく震えるのはなぜ?」 では、風邪やインフルエンザのときに体が震えるのは、体温を上げてウイルスや細菌の増殖を抑えるためと説明した。では、同じ震えでも「武者震い」となるとどうか。緊張や恐怖を感じたりしたときにも、震えたり鳥肌が立ったりすることがある。これも寒さや風邪のときと同様、体温を上げるためのものなのだろうか。

 そもそも風邪のときに熱はどのようにして上がるのか。前回お話をうかがった、京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット准教授の中村和弘氏によると、発熱や身震いなどの症状の強さは、「プロスタグランジンE2」という“発熱物質”の量で決まるという。「プロスタグランジンE2は風邪やインフルエンザにかかると脳の血管壁で作られる。感染したウイルスや細菌の量が多いほど、この物質も多く作られます」。(詳細は2ページの囲み記事参照)

 ところが、緊張や恐怖で体が震えたり、鳥肌が立ったりするときは、プロスタグランジンE2に出番はないそうだ。「精神的なストレスは確かに発熱の原因になりますが、プロスタグランジンE2とは関係なく起こることがわかっています。解熱鎮痛薬はプロスタグランジンE2の産生を抑えることで熱を下げますから、厄介なことに、このような『心因性発熱』ではこの薬が効かないのです。私たちは今、心因性発熱が生じる脳内の仕組みを明らかにしようとしているところです」と中村氏。

 その研究の一環として、次のようなラットの実験を行ったという。

 大きくて凶暴なラットが入っているケージ内に、小さなラットを入れる。すると小さなラットは凶暴なラットから攻撃を受ける。怪我をしない程度のところで、2匹の間に金網の仕切りを作って、それ以上攻撃されないようにする。しかし、小さなラットは間近にいる凶暴なラットの影に怯えて、常に精神的なストレスを受けることになる。小さなラットには気の毒な限りだが、このようなストレスは「社会的敗北ストレス」と呼ばれるそうだ。

 さて、するとどんなことが起こるか。この状態で1時間ほど過ごすと、小さなラットの体温は39度にまで上がるという。平熱が37度だから2度も上昇したことになる。

 「この状況は、敵に狙われて命の危険にさらされる高度なストレス環境。生存競争の中で、『Fight or Flight』、つまり『戦うか、逃げるか』という究極の選択を迫られるような状態です。そのような環境下で体温が上がるのは、温めることで体の動きを最大限に高めようという、生き残りをかけた反応だと考えられます。筋肉の動きも、神経の働きも、体温が少し高い方がよくなりますからね。目の前の敵と戦うにしろ、逃げるにしろ、体を温めることで身体のパフォーマンスを上げ、生命の危機を切り抜けようとしているわけです」(中村氏)

武者震いで体温を上げ自らを鼓舞する!?

武者震いは、体温を上げ、身体のパフォーマンスを上げるための反応?(©Rossella Apostoli/123RF.com)

 実は恐怖などで毛が逆立つのも、体温上昇にかかわる反応だという。「交感神経の働きによって立毛筋(りつもうきん)が収縮すると、毛が立って、そこに空気の層ができます。それが体温を逃がさないように働き、体温上昇に寄与するわけです」と中村氏。人間の場合は体毛が少ないため、こうした断熱効果は期待できないが、恐怖や寒さで鳥肌が立つことは珍しくない。これはサルからヒトへの進化の名残りなのだそうだ。

 では、戦いに臨む際の「武者震い」にもそのような意味があるのか。「寒冷時や発熱時と同様に骨格筋を震えさせることで体温を上げ、身体的なパフォーマンスの向上に役立てようとしているのかもしれません」と中村氏は言う。難敵に立ち向かう自分を鼓舞し、心身のテンションを最大限に上げようとしているわけだ。ただし、「あまり震え過ぎると、敵に立ち向かうにはかえって不利な状態になると思いますが…」(中村氏)。

 もっともな話である。力みすぎると空回りする。とは言え、武者震いはコントロールし難い。人間のカラダは、かくも不思議で、悩ましい。

“発熱スイッチ”をオンにするプロスタグランジンE2の働き
脳内で作られた発熱物質を感知する神経細胞
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脳における体温調節の司令塔(視索前野)にある神経細胞。細胞表面の緑色に光っている部分に発熱物質(プロスタグランジンE2)が結合する。 (写真提供:中村氏)

 風邪をひいたと思ったら、いきなりガタガタ震えてきて、熱がぐんぐん上がってきた…。そんな激しい症状は、強い感染に見舞われてプロスタグランジンE2が大量に作られた、そんな反応の結果だ。もっとも、高齢者や筋肉量の少ない女性などは、熱を作る力が弱いため、高熱になりにくい傾向があるという。

 急きょ作られたプロスタグランジンE2はその後、脳内でどう働くのか。「体温調節の中枢である『視索前野』の神経細胞に作用します。私たちの研究では、この神経細胞にはプロスタグランジンE2の受け皿となる『受容体』があり、そこにこの物質がくっつくと、それが引き金となって視索前野から『体温をこのくらい上げなさい』といった体温上昇の指令が下ることがわかりました。いわば“発熱スイッチ”がオンになるわけです」(中村氏)。

風邪をひいて体温が上がる仕組み
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 そして、その“設定温度”にまで体温を上げるべく、体は血管を収縮させて放熱を防いだり、褐色脂肪を燃やしたり、筋肉を震わせたりして、せっせと熱を作り出し、体に侵入してきた病原体と戦う。そうして戦いが峠を越して感染が下火になると、脳内でのプロスタグランジンE2の産生も止まり、視索前野からの指令は「体温を平熱に戻せ」というものに変わる。

 すると体は皮膚の血管を拡張させて熱を逃がしたり、発汗を促したりして体温を下げる方向へとシフトする。風邪で熱が高くなったとき、「汗が出てきたらもう大丈夫」などといわれる。まさしく汗は解熱のためのものであり、風邪終息のサインでもあるのだ。

 発熱は病原体と戦うために必要な体の反応だが、あまりに高熱になると逆に体へのダメージが大きくなる。「熱がひどい場合は医師に相談して、解熱剤で熱を下げたほうがいい」と中村氏は話している。

中村和弘(なかむら かずひろ)さん
京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット准教授
中村和弘(なかむら かずひろ)さん 1997年、京都大学薬学部卒業。2002年、同大学大学院薬学研究科博士後期課程修了。薬学博士。専門は生理学、神経科学、自律神経学。米国オレゴン健康科学大学博士研究員、京都大学生命科学系キャリアパス形成ユニット講師などを経て、2014年から現職。体温調節や感染性発熱、ストレス反応などの自律生理機能にかかわる脳内メカニズムの研究に携わる。寒冷時や発熱時の「ふるえ」がどのような脳神経回路の仕組みから生じるかを世界で初めて解明し、注目される。
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