激しい運動で心臓病のリスクが高くなる
「100万人以上の女性を対象にした大規模な調査からも、運動のやりすぎはマイナスになることが分かっています」。そう話すのは、ドクターランナー(事故にそなえて選手と一緒に走る医師)として多くの市民マラソン大会やトライアスロン大会に出場している、よこすか女性泌尿器科・泌尿器科クリニック(神奈川県横須賀市)院長の奥井識仁さんだ。
この調査では約110万人の女性について日々の運動量と健康状況を9年間調べたところ、4万9113人が心臓病を、1万7822人が脳血管疾患を発症した。これらの病気と運動量の関係を調べたところ、台湾の研究と同じく、あるレベルまでは運動量が多くなるほど発症のリスクが低くなっていったが、ウォーキングやサイクリングなどの運動を「毎日欠かさず行う人」は、逆に心臓病や脳血管疾患のリスクが高くなってしまったという(*2)。
はたして“適度な運動量”というのはどれくらいなのだろうか?
市民マラソンの世界では、「1ヵ月に走る距離は200km以内に」と言われている。統計上、1ヵ月に200km以上走るとケガの発生率がグッと高まるそうなのだ。
男性ホルモンの低下は命にかかわる
市民ランナーを診察することが多かった奥井さんは、熱心に練習するランナーにLOH(late-onset hypogonadism)症候群とよく似た症状が見られることに気付いた。
日本語では「加齢男性性腺機能低下症候群」。主に睾丸で分泌されるテストステロン(主要な男性ホルモン)が低下することで、頭痛や不眠、筋肉の減少、骨がもろくなるなど、様々な不調が表れる病気だ。精神面にも大きく影響しており、意欲が衰え、気持ちが沈みがちになってしまう。脳血管疾患、心筋梗塞、がんなど、命にかかわる病気のリスクも高くなるというから、決してバカにできない(*3)。
テストステロンは適度な運動をすると分泌量が増えるのだが、フルマラソンのような激しい運動をした直後にはガクンと減ることが確認されている(関連記事「男性ホルモンが増えるスポーツ、減るスポーツ」を参照)。
もしかして、ハードな練習によってテストステロンの分泌が低下するのではないか? そう考えた奥井さんは、45~55歳の男性市民ランナー43人について、1ヵ月間の走行距離と血中で遊離しているテストステロンの濃度(遊離テストステロン値)を調べてみた。その結果、「走る距離が100kmくらいまではテストステロンの分泌が増えますが、120km辺りから減り始め、200kmを超えると大きく減っていたんです」(下グラフ)。
