日経グッデイ

おとなのカラダゼミナール

大きく分厚い“スポーツ心臓” それって病気?

激しい運動を続けると、心臓が大きく、安静時心拍数が少なくなることも

 伊藤和弘=フリーランスライター

聞きたかったけど、聞けなかった…。知ってるようで、知らなかった…。日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説する連載コラム。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の“からだ知恵録”をお届けしよう。

ハードな運動をしているスポーツ選手は、心臓が大きく、安静時の心拍数も少なくなりやすい。(©fffranz-123RF)

 「スポーツ心臓」という言葉を聞いたことがあるだろうか? なんでも日常的にハードな運動をしているスポーツ選手は普通の人よりも心臓が大きく、安静時の心拍数も少なくなるらしい。

 医学的には、どのように定義されているのだろう?

 「スポーツ心臓というのはあくまで俗称。正式な定義はないんですよ」と話すのは、心臓血管研究所所長の山下武志さんだ。

 「心臓が大きい、心臓の壁が厚い、安静時心拍数が少ないなど、ハイレベルな競技選手に見られる特徴的な心臓の変化。それが病気ではない場合、便宜的にスポーツ心臓と呼ばれているわけです」

心拍数のギャップが大きいほど効果的

 どうしてそのような変化をするかというと、激しい運動に適応するためだ。

 持久力を要する運動を続けるには、全身の筋肉に酸素を含んだ血液をたくさん送る必要がある。考えられる方法は、まず心臓を大きくして、1回の収縮で送り出す血液量を増やすこと。もうひとつは、心拍数を早くして、一定の時間内にたくさん収縮を繰り返すことだろう。

 しかし、心拍数を早くするのは限界がある。それなら、心臓を大きくしたうえで、普段は少ない心拍数でも生きられるようにしておけばいい。1分間の安静時心拍数が70の人にとって200は約3倍だが、安静時心拍数が50なら200は4倍。同じ心拍数でも、安静時とのギャップが大きいほど、そして心臓が大きいほど、運動時に送り出す血液量を増やしやすいということになる。

 「実際、一流のスポーツ選手は安静時心拍数が50を切る人が珍しくない。特に持久力を必要とするマラソン選手や水泳選手の中には、40を切る人もいます」と山下さん。

 一方、重量挙げのような瞬発力が必要な競技の場合、心臓の壁が厚くなることが多いという。呼吸を止めて爆発的な力を出す瞬間、血圧がグワッと上がる。それに耐えられるようにするためだ。ちなみに、心臓そのものが大きくなる「心拡大」に対して、心臓の壁が厚くなることを「心肥大」と呼ぶ。

スポーツ心臓になるのは一部の選手だけ

 そこまで話した後、山下さんは「でも、スポーツ心臓は非常にまれなんですよ」と意外なことを言い出した。

 スポーツ心臓はアスリート全員がなるものではない。それどころか、「ほとんどの選手はならない」のだという。多くのスポーツ選手の心臓を調べてみると、左心室の拡張期(血液を送り出す前の広がった状態)の大きさが正常の基準より大きい60mm以上は14%、同じく左心房の大きさが40mm以上は20%、左心室の心筋(心臓の壁)の厚さが13mm以上はわずか2%だった(下グラフ参照)。

ほとんどのスポーツ選手はスポーツ心臓にならない
多くのスポーツ選手の心臓を調べてみると、左心室の拡張期の大きさが正常の基準より大きい60mm以上は14%、同じく左心房の大きさが40mm以上は20%、左心室の心筋の厚さが13mm以上はわずか2%だった。(Circulation. 2006 Oct 10;114(15):1633-44より)
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 「長年ハイレベルの運動を続けてきたスポーツ選手は普通よりも心臓が大きいし、安静時心拍数も少ないですが、それでも正常の範囲内にとどまる人がほとんどなんです。まして、普段は会社で仕事をしている市民ランナーがスポーツ心臓になることはありえません」と山下さん。

 スポーツ心臓になるのは、あくまで10代の成長期のうちから激しい運動を続けてきた一部のアスリートだけ。30歳や40歳になってから一念発起して走り始めても、心臓が急に大きくなることはない。また、スポーツ心臓の人も引退して運動をやめれば、半年から1年程度で心臓が小さくなるという。

 では、ときどきジムに通っている程度のビジネスパーソンが心拡大や心肥大になるのはどういった場合なのか? それは、やはり“病気”ということになる。

一般人の心拡大や心肥大の原因は?

 「スポーツ心臓だと思っていたら病気だったということもある。例えば競技をやめてから1年経っても心臓の大きさが元に戻らない場合、これは病気です」(山下さん)

 一般に心拡大の原因は、心臓の収縮力が低下することだ。収縮力が弱くなって1回の収縮で十分な血液を送り出せないため、心臓が大きくなっていく。放っておくと坂道で息切れしたりする「心不全」を起こし、肺に水がたまったり、突然死したりすることもある。残念ながら完治はしないが、薬で拡大の進行を抑えることはできるという。

 心肥大の原因はほとんど高血圧だ。前に触れた重量挙げ選手の心臓と同じ原理で、高い血圧に耐えるために心臓の壁が厚くなる。山下さんによると、こちらは「血圧のコントロールによって治療が可能」という。

 心拡大や心肥大は、レントゲンや心電図で見つかる。一般のビジネスパーソンの場合、スポーツ心臓ということはほとんどないので、「毎日走ってるからだな」などと能天気な勘違いをせず、指摘されたら素直に精密検査を受けてほしい。

運動しても心拍数が上がらない徐脈性不整脈

 一方、スポーツ心臓ではないのに心拍数が低くなる状態も、やはり放置してはいけない。具体的には、1分間の安静時心拍数が50を切ることを「徐脈」といい、スポーツ選手でない場合、「徐脈性不整脈」という病気の可能性が高い。徐脈性不整脈になると、4~5秒間心臓が止まることがある。すると脳に血が届かなくなって失神してしまう。

 スポーツ心臓が原因で徐脈になる人との違いは、いくら運動しても心拍数が70や80くらいまでしか上がらないことだ。そのため、すぐに息が切れて長時間の運動ができない。いざとなれば心拍数を増やせるスポーツ選手の徐脈とは異なり、まったく持久力がなくなるわけだ。

 「原因は心臓の中で心拍数をコントロールしている洞結節(どうけっせつ)の機能低下。症状が出なければ経過を観察して様子を見ますが、完全に治すにはペースメーカーを植え込む以外ありません」と山下さんは話す。

 というわけで、スポーツ心臓とは10代の頃から激しいトレーニングを重ねてきた一部の現役スポーツ選手だけがなる“異常”な状態。心拡大や徐脈に気づいたら、決して軽く考えず、すぐに病院に行くようにしよう。

山下武志(やました たけし)さん
公益財団法人 心臓血管研究所 所長
山下武志(やました たけし)さん 1961年生まれ。東京大学医学部卒業。大阪大学医学部第二薬理学講座、東京大学医学部循環器内科を経て、2000年に心臓血管研究所第三研究部長。2011年より現職。日本心電学会理事。日本不整脈学会理事。著書に『誰でもスグできる! 不整脈と心臓病の不安をみるみる解消する200%の基本ワザ』(日東書院本社)、『心房細動に悩むあなたへ 改訂版』(NHK出版)など。