日経グッデイ

おとなのカラダゼミナール

人間も冬眠? 実現すれば究極のアンチエイジング法に

新しいメタボ予防法や健康長寿実現への応用も

 北村 昌陽=科学・医療ジャーナリスト

聞きたかったけど、聞けなかった…。知ってるようで、知らなかった…。日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説する連載コラム。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の“からだ知恵録”をお届けしよう。

人間もリスやクマのように冬眠できないのだろうか?(©Sugunya Srithongthae-123RF)

 一段と寒さが厳しい季節になってきた。筆者もそうだが、気温が下がると外に出るのがおっくうになる。休日はつい室内でゴロゴロ、という人が増えているかもしれない。

 そんな絵に描いたような「冬ごもりモード」の生活をしていると、ふと、表題のような疑問が湧いてきた。

 「人間は、冬眠できないのだろうか?

かつては人類も冬眠していた!?

 自然界にはリスやクマなど、冬になると巣穴にこもって冬眠に入る動物がいる。彼らも人間と同じ哺乳類。体の作りにそれほど大きな違いはないはずだ。

 それに、SF映画などではよく、宇宙船に乗った人間を冬眠状態にして何万光年も離れた星へ宇宙旅行をするようなシーンが出てくる。現代科学の立場から見たとき、ああいった技術はどれほど現実的なのだろう?

 そこで、冬眠の仕組みの解明に挑んでいる若き研究者、東京大学大学院薬学系研究科助教の山口良文さんに、冬眠のメカニズムや、人間が冬眠する可能性について話を聞いてみることにした。

 「実は、かつて人類も冬眠していたのではないかという説があります」と話し始めた山口さん。えー、本当ですか?

 「ええ。ただ、仮にそうだとしても、リスのような深い冬眠とは異質なものだったと思われますが。冬眠にもいろいろあるのです」

 ほー、なんだか面白い話になりそうだ。

冬眠中は睡眠不足になる!?

 冬眠とは、哺乳類などの恒温動物が体温を下げ、エネルギー消費量を落として食べ物が少ない冬を過ごすことだ。冬眠をする哺乳類は、リスやクマ、コウモリ、ネズミ、サルなど、かなり幅広い種類がいる。4000種を超える哺乳類の4~5%が冬眠動物だという。

 「冬眠するリスは、冬眠に入ると体温が外気温と同じぐらいまで下がります」と山口さん。外が4度なら体温は5度といった具合だ。呼吸数や心拍数も極端に下がり、大脳皮質の脳波が消える。一見すると、とても生きているようには見えない姿だ。

 だが1週間もすると、体温が一気に37度まで戻り、覚醒する。そして1日ぐらい経つと、また冬眠に戻る。ひと冬のうちにこのサイクルを何度も繰り返すのだ。

 「通常、冬眠しない動物の体温が5度まで下がると、心臓などの組織がダメージを受け、死んでしまいます」と山口さん。だがリスの体には、損傷を防ぐメカニズムが備わっているのだ。

 仕組みの詳細はまだよく分かっていないが、「冬になると、冬眠モードのスイッチが入るようです」と山口さん。リスの体内で血流を一旦止めて急に再開させ、活性酸素を発生させると、夏には体に大きなダメージを引き起こすが、冬は損傷が少ないという。「冬眠モード」のスイッチが入った体は、組織の障害に強いのだ。

 ひとつ、面白い話を。冬眠からいったん覚醒したリスは、少し餌を食べて排泄したあと、今度は普通の睡眠を取るという。「冬眠でずっと眠っていたのにまた眠るの?」と思うかもしれないが、実は冬眠と睡眠は、大きく異なる現象。睡眠中は、脳が活発に活動する「レム睡眠」や、眠りが深まる「ノンレム睡眠」などの状態になり、それぞれ特徴的な脳波を示す。だが冬眠中で体温が下がったときの脳は、そういった活動を全くしない。

 「冬眠中は睡眠を取れないので、冬眠から覚めたリスは“睡眠不足”になるという説もあります」(山口さん)。それを解消すべく、ぐっすりと眠ってから、また冬眠へ戻っていくというわけだ。

「冬季うつ症」は冬眠の名残かもしれない

 さて、同じ冬眠といっても、クマのそれはリスとかなり違う。体温は30度前後とかなり高い。もちろん平時の体温(37度ほど)よりは下がっているので、エネルギー消費量も普段よりは低いが、リスほどの低下ではない。クマはリスよりはるかに体が大きいので、最低限の生命活動を維持するために生じる熱で、ある程度の体温を維持できるようだ。

 そして脳波を測ると、睡眠中に似た脳波が出ている。だからリスのような睡眠不足にはならないようだ。このため、リスの冬眠を「深冬眠」、クマの冬眠を「冬ごもり」と区別することもある。

 人間の体格は、リスよりはクマに近い。「もし人類の祖先が冬眠していたとすれば、クマに似たスタイルだったでしょう」と山口さんは話す。

 「系統的にかけ離れたさまざまな哺乳類が冬眠するという事実を進化論的に考えると、『哺乳類の共通祖先は冬眠をしていた』という解釈が成り立ちます」と山口さんは話す。人間を含む9割以上の哺乳類は、その後の進化で冬眠しなくなったが、シマリスなどはその能力を現代まで受け継いだ、ということなのかもしれない。

 現在、人類は冬眠をしていない。だが、冬になるとうつ症状が強く現れる「冬季うつ」は、冬眠の名残ではないかという説がある。冬に体の活動性を低下させた作用の名残が、季節性のうつ症状として現れるというのだ。

 実際、ロシアなど寒冷地の農村では18世紀頃まで、冬になるとほとんど食事を摂らず、一日中暖炉のそばで寝て過ごす風習があったといわれる。食料事情が改善した現代ではもう見られないが、人体の中にも、そんなふうにして厳しい冬を耐える能力が、冬眠の痕跡として残っているのかもしれない。

冬眠中は運動しないのに筋肉が落ちない!

 さて、冬眠研究には現在、医療界からの熱い注目が注がれている。冬眠を成り立たせるメカニズムには、病気の治療や予防への応用が期待される部分がかなり多いのだ。

 例えば、筋肉や骨への作用。「リスもクマも、冬眠中はほとんど体を動かしませんが、筋肉や骨はそれほど萎縮しない。運動しないのに筋肉が維持できるのです。この仕組みが解明されれば、寝たきりの問題解消や骨粗鬆症の予防などに役立つでしょう」と山口さん。

 また、冬眠動物たちは冬眠前に大量の餌を食べ、体脂肪率を極端に高める。人間ならメタボになりかねないそんな状況でも、彼らは健康体を保つ。このメカニズムがわかれば、「太っても健康体」という全く新しいメタボ予防法につながるかもしれない。

 アンチエイジングにもつながりそうだ。「冬眠した動物は寿命が長くなるといった報告もあります。体を若返らせて健康長寿を実現する秘密が、冬眠のメカニズムに組み込まれている可能性があるのです」(山口さん)。

 なるほど。SFの世界では宇宙旅行などに使われている冬眠の技術だが、現実には医療技術に応用されて、私たちの健康を守る役割を果たすようになるのかもしれない。期待しましょう。

山口良文(やまぐち よしふみ)さん
東京大学大学院薬学系研究科 助教
山口良文(やまぐち よしふみ)さん 1999年京都大学理学部卒。自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター研究員をへて、 2006年東京大学大学院薬学系研究科助手。2007年より現職。専門は細胞死の制御、哺乳類の冬眠の分子制御機構。