「どれだけたくさん飲んだら体に悪いのか」から研究が始まった
まず吉本さんに、これまでの飲酒と健康についての研究の経緯、そして、近年まで「少量のお酒は体にいい」と言われていた説が、最近になって否定されるケースが出てきたのはなぜか、このあたりの事情から聞いた。
すると、吉本さんはこれまでの経緯を丁寧に説明してくれた。
「アルコールと健康に関する研究では、『どれだけたくさん飲んだら体(健康)に悪いのか?』についての研究が先になされてきました。その研究の結果から、毎日60g以上飲むとがんをはじめとする全ての病気のリスクが高まることが分かり、それによって飲む量を減らした方がいい(減酒)ということになったわけです。この60gという数字は以前から知られていました」(吉本さん)
そして、次に検討されたのが、どのくらいまで減らせばいいのか、つまり適量についての議論だったのだという。「日本人男性を7年間追跡した国内でのコホート研究(JPHC Study*1)の結果や、欧米人を対象とした海外の研究の結果(*2)などを基に、厚生労働省が2000年に発表した『健康日本21(第1次)』において、『節度ある適度な飲酒』として1日平均純アルコールで約20g程度(*3)という数字が明文化されたわけです。いわゆる『適量』と言われる20gという数字が出たのは、画期的なことでした」(吉本さん)
上記の海外の研究(*2)の結果が下のグラフである。男性については1日当たりのアルコール量が10~19gで、女性では1日9gまでが最も死亡率が低く、アルコール量が増加するに従って死亡率が上昇することが示されている。
*2 Holman CD,et al. Med J Aust. 1996;164:141-145.
*3 純アルコールで約20g程度とは、日本酒1合、ビール中ジョッキ(500mL)、ワイン2~3杯に相当する。

また、前述した国内のコホート研究(JPHC Study)では、その後、2005年に国内の40~79歳の男女約11万人を9~11年間追跡した結果を発表している。それによると、総死亡では男女ともに1日平均23g未満で最もリスクが低くなっている(Ann Epidemiol. 2005;15:590-597.)。
なるほど、こうして適量20gという指標ができたわけだ。左党としては、「この結果で満足してよ」と思うのだが、そうはいかないのが研究者たちである。
先ほど、Jカーブについて簡単に解説したが、研究者の間では「これはちょっとおかしいのでは?」と疑問視する声も挙がっていたのだと吉本さんは話す。
具体的には、「『全く飲まない人の死亡リスクがこんな高くはならないのではないか』という指摘です。詳しくは後述しますが、飲酒が血管に対していい効果があるのは確かとはいえ、他の病気についてはリスクが上がることから、トータルで見たら『(飲酒量は)少なければ少ない方がいいのではないか』と研究者の間ではずっと言われてきたのです」(吉本さん)
なお、こうした疑問が挙がった背景には、コホート研究において、飲酒量の測定が不十分であったこと、また飲まない人の中には元々飲んでいてやめた人もいるのではないか、などといった指摘もあったのだという。
「こうした流れから、ここ10年ほどの間に『少量飲酒のリスク』に特化した研究が増えました。昨年、Lancet誌に掲載された論文などがそれにあたります。ただし、日本において少量飲酒に関する論文はほとんど出ていません」(吉本さん)