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【ロンドン発】穀物ブームと食生活の階級差

夫婦でビジネス化した「発芽穀物」が健康食の話題を牽引

 冨久岡ナヲ=ロンドン在住ライター

「美食不毛の国」とも呼ばれていた英国は、もはや過去の話。世界でも最先端の美食国家へと変貌を遂げ、国民の食事と健康に対する意識もすっかり変わりつつある。そうした中で、健康食を牽引しているのが、英国の食事には欠かせない穀物のオーガニックブーム。キーワードは「発芽(スプラウテッド)」。夫婦で始めた小さな会社が、英国の見えざる「階級社会」の中で大きな話題を集めている。

英国人の主食である穀類を健康食に

 「食事のまずい国」は英国の定評だったが、この20年間に食を取り巻く環境は大きく変わっている。まず、EU発足でヨーロッパ大陸から多彩な食材が流通し始めたのを発端に、前例のないグルメ・ブームが起こった。フランス料理をアレンジした「モダン・ブリティッシュ」という料理ジャンルが生まれ、日本でいう“カリスマシェフ”のような「セレブ・シェフ」などが次々に誕生した。料理番組はゴールデンタイムに昇格し、たくさんの料理雑誌も創刊された。

 

 そのブームもだいぶ落ち着いて来たこの数年、食事は健康の基礎と考える英国人の間では「グレイン=穀物」がキーワードになっている。

 

 穀物、特に麦の仲間たちは加工されて、朝食のシリアルやミューズリとして食べられているのをはじめ、オーツ麦を煮たお粥であるポリッジ、パン、パスタなどは、英国人の食生活に欠かせない存在だ。しかし、スーパーマーケットのシリアル売り場では、人工甘味料を大量に加えたチープなコーンフレークなどが幅を効かせている。こうした背景から、自然素材だけを使った栄養価の高い製品を求める声がだんだんに高まり、素材と製法にこだわる小規模な穀物加工メーカーがいくつも登場した。

英国に初めてお目見えした発芽穀物粉とシリアルは、「ルード・ヘルス」社が独自発売した商品。甘みが強く風味豊かだ。ナッツを使った牛乳代替飲料や米クラッカーなど、グレイン・ブームは広がっている。値段も日本円で550円前後(250g)から1200円前後(500g)ぐらいまでと、一般的な穀物加工商品と比べてもそれほど高くはない。
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写真は一番上から、発芽そば粉 (Sprouted whole buckwheat flour)、 発芽ポリッジ用オーツ麦 (Sprouted porridge oats、発芽全粒粉 (Sprouted wholewheat flour)。どれも発芽させてから加工したものだが、一般的な小麦粉やオーツ麦と同じように食べられる。自然な甘みがおいしく、ミネラル類などの消化吸収度も高いとされる。
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 食べたいと思うシリアルが見当たらず、それなら自分たちで作ってしまえ! と、ニックとカミラ・バナード夫妻が立ち上げた「ルード・ヘルス」も、そんなメーカーの一つだ。

 オーガニック・ミューズリからスタートし、いまでは47商品ものラインアップを数える。アマランサス(南米産のヒユ科の穀物)、麦などの雑穀類とナッツを合わせ、はちみつと果糖で固めたシリアル「究極のグラノーラ」、ジュースなどに加えるだけで溶ける「飲料用オーツ麦」、乳製品アレルギーやミルク嫌いな人に向けて、玄米、アーモンドなどから作られた「代替ミルク4種」など、商品はどれもユニークなものばかり。全国の健康食品店のほか、「ウェイトローズ」といった高級スーパーでも販売されている。

発芽(スプラウテッド)が健康食の新キーワード

ルード・ヘルス創始者、バナード夫妻はこだわり抜いた商品しか出さない。ニックさん(写真左)が持っているのは発芽そば粉(500g、4.99ポンド/日本円で931円前後)、カミラさん(写真右)が持っているのは発芽ポリッジ用オーツ(500g、4.49ポンド)。
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 同社がこの秋に発売した「発芽穀物」シリーズは、英国初の商品として、グレイン・ブームの中でも大きな話題を呼んでいる。健康食品の聖地、米国西海岸で食べた発芽小麦粉と玄米粉のおいしさに惹かれたニックさんが「英国でも」と、有機農家や製粉業者と実験を重ねて開発したのが、オート麦のシリアル、そば粉、スペルト麦粉、全粒粉の4種類だ。どれも発芽させた穀物を使用している。

 

 原材料の有機栽培に始まり、発芽、乾燥、製粉とかなり手間のかかる製品だが、国内生産によって、普通のオーガニック小麦粉と変わらない価格に抑えているという。自然食品店では「発芽(スプラウテッド)」という耳慣れない言葉のついたパッケージを見て、興味深そうに手に取る人が多いそうだ。

 

 穀物は発芽すると、冬眠状態である「種」から成長する「植物」に変わる。「消化しやすくなり栄養価は上昇、しかも自然な甘みが強くなるので砂糖を多く加える必要がない。いい事づくめのスーパー食材なんです」と語るカミラさんは、今では自宅で作るピザ生地もパンも、すべて発芽穀物粉を使っているそうだ。

「オーガニック食品なんて、気取った金持ちの食べ物だと思っていた」

 しかしながら、グレイン・ブームを支えているのは主に、食を含めた健康管理への意識が高い中流階級から上のファミリー層だ。英国はいまだに階級社会だといわれるが、下層になるほど肥満率が上がる。この層は健康と食生活を関連づけて考える意識が希薄だとされる。グルメな料理番組を単なるエンタメとして見ながら出前のピザを食べる、料理はしない、レストランでの外食は高くつくからインスタント食品やジャンクフードが常食―このようなライフスタイルが一例だ。

米国から来た大型自然健康食品店の「ホールフーズ」。ロンドンに5店舗あり中流層の御用達である。。訪れる客の大多数は中流層たちだ。日本円で500~1000円ぐらいの価格帯のミューズリやシリアルが人気を集めている。
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定番の朝食であるポリッジ(粥)を作るオーガニック・オーツ麦が山積みセールで売られている。5割引で1キロ1.99ポンド(日本円で371円前後)。水で煮て牛乳とシロップ、ジャムなどをかけて食べる。
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 対照的に、中流層の多くはできるだけ家庭で料理する。栄養バランスの取れた献立、オーガニック・フードなどに関心を持ち、さまざまなレシピを試してみる。運動も欠かさず、肥満率は低い。英国で、その地域が貧しいエリアかどうかを知るには、「道を歩く肥満者とファストフード店の数で判断できる」と言われるくらい健康への意識と食生活の階級差も大きい。

 「少々値段が張っても体によくておいしい食べ物を買う、という人はいまだに英国国民の5%しかいません。たまに買う人も含めれば10%です」とバーナード夫妻。「私たちのビジネスはそうした少数派を対象に成長しているわけですが、購買層自体も少しずつ拡大しています」と続ける。「インスタントやジャンクフードを食べて何が悪い」「病気になれば無料の国民医療制度で治してもらうから結構!」と居直る労働者階級の中からも、食に関心を向ける転向組が現われているのだ。

 その中心にいるのは、増え続けるアレルギー症患者たちだ。

 農薬や遺伝子組み換えなどによって大量生産された穀物、人工添加物満載の加工食品の普及が、この50年間に急増した食アレルギーの原因の1つともいわれる。そう聞いて不承不承、ルード・ヘルスの商品を試してみた、というアレルギー症の男性から「オーガニック食品なんて、気取った金持ちの食べるものだと思っていたが、実はインスタントよりずっとおいしい。アレルギー症状も出ず驚いた」というメールが届いたと喜ぶニックさん。穀物は英国国内でも、必需食品の中でも中心的な存在であるだけに、階級を越えてヘルシーな食生活をアピールする力がある、と笑顔を見せた。