認知症を遠ざける食事とは? 酸化ストレスを減らすカギは「油」のとり方
第2回 認知症予防に魚の油が有効な理由
田中美香=医療ジャーナリスト
脳は過剰な活性酸素によって組織が傷む「酸化ストレス」を受けやすく、それが認知症の発症にも関係している。脳の酸化ストレスを減らすには、活性酸素を除去する力である「抗酸化力」を高めることが大切だ。今回はそのための「食事」のポイントを、国立精神・神経医療研究センター病院長の阿部康二さんに解説していただこう。
『「脳の酸化ストレス」を抑え、認知症を遠ざける』 特集の内容
- 第1回認知症の主犯の1つ「酸化」 50歳からの対策でリスクを減らす
- 第2回認知症を遠ざける食事とは? 酸化ストレスを減らすカギは「油」のとり方←今回
- 第3回認知症を遠ざける飲酒、運動のポイント 音楽は「聴く」より「演奏」
脳の酸化ストレス対策は、抗酸化力の高い食材を摂取することから
リンゴの切り口が茶色く変色したり、釘がサビたりするように、われわれの体の中でも日々、細胞の劣化が進んでいる。その犯人は活性酸素だ。活性酸素が増加し、体内の抗酸化力がそれに追いつかなくなった状態が「酸化ストレス」であり、酸化ストレスは血管などの組織を弱らせるだけでなく、がんや生活習慣病など、さまざまな病気のリスクを上げると考えられている。酸素消費量の多い脳では、酸化ストレスから炎症が起きてアミロイドβというたんぱく質が蓄積し、アルツハイマー病が進む可能性が最新研究から明らかになってきている(前回参照)。
では、酸化ストレスを抑え、認知症を防ぐためにできることは何だろうか。国立精神・神経医療研究センター病院長の阿部康二さんは、「特別なことをしても、続かなければあまり効果はありません。その意味で、まずは手軽に取り組める『食事』から、認知症対策を始めてはどうでしょうか」と勧める。
阿部さんは、認知症などの脳神経疾患について研究する神経内科医で、酸化ストレスが認知症発症の重要なファクターであることを、臨床試験により実証したことで知られる(*1)。そんな阿部さんが勧める食事法は、「抗酸化力」の高い食材をとることだ。
本来、われわれの体には活性酸素を排除する「抗酸化力」が備わっているが、抗酸化力は加齢や病気などが原因で低下していく。そのため、食事から抗酸化力のある物質を取り入れることで、酸化ストレスに対抗しようというわけだ。食事なら1日3回、誰でも必ずとる機会があり、わざわざ重い腰を上げて新しいことを始める必要もないのが良いところだ。
今回は、日本人になじみのある食材を中心に、抗酸化力を高める食事のコツについて阿部さんに聞いていこう。なお、抗酸化力といえばブドウ(ワイン)やコーヒーなどに含まれる「ポリフェノール」やビタミンA、C、Eが有名だが、今回は特に阿部さんが注目するものに絞って紹介する(ポリフェノールについては第3回で別途解説します)。
抗酸化作用がある「魚の油」は、脳の瞬発力を保つために欠かせない

抗酸化作用がある食品(成分)はたくさんあるが、阿部さんが意識して摂取してほしいと真っ先に挙げるのが、油の一種、不飽和脂肪酸のDHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)だ。いずれも青魚に豊富に含まれることで知られ、日経Goodayでもたびたび取り上げてきた成分だ。オメガ3脂肪酸の一種といえば分かる方も多いだろう。
DHAは抗酸化作用を持つことで知られ、脳の酸化ストレスを防ぐ可能性があるという報告もある(*2)。「脳には記憶を司る『海馬』という場所がありますが、アルツハイマー患者の海馬にはDHAが低下しているという報告があり(*3)、DHAを補うことで認知症を抑える効果があるのではないかと考えられています」(阿部さん)。また、EPAには高い抗炎症作用があり、酸化ストレスから起こる炎症を減らし、アミロイドβの蓄積を抑える効果が期待できる。
同様に、DHA・EPAが体内で代謝されたときに産生される物質(レゾルビンE1、ニューロプロテクチンD1など)にも、酸化ストレスを抑える効果があるという。「これらの物質にも炎症を鎮める作用があり、脳でアミロイドβの毒性を軽減する効果があるとされています」と阿部さん。DHA・EPAはそれ自体も脳にいいが、DHA・EPAから代謝された産物もまた脳にいいという、複合的なメリットがあるのだ。
「それに加えて、DHA・EPAは脳と深い関係のある脂肪酸であり、脳の働きを良くするという意味でも重要な位置づけにあります」と阿部さんは指摘する。
脂肪は体内にたまりすぎると健康を害する原因となるが、細胞膜の原料となるなど、体に欠かせない物質でもある。脳の構成成分を見てみると、脳には顕著に脂肪が多いことが分かる(下図-上)。脳の細胞には長く複雑な細胞突起があることなどから、構成成分に占める細胞膜成分の割合が大きいのが、脳に脂肪が多い理由だ。
脳に脂肪が多いことは、皆さんも何となく想像がつくはずだ。たんぱく質が多い筋肉は「赤茶色」というイメージがあるのに対し、誰もが思い浮かべる脳のイメージは「白」だろう。「脳イコール白と思うのは、それだけ脂肪が多いからです。牛肉や豚肉の脂身が白いのと同じようなことです」(阿部さん)
*3 Walter J, et al. J Clin Invest. 2005 Oct;115(10):2774-2783.

脳を構成する脂肪の内訳にも特徴がある。上図-下の通り、最も多いのが、DHA・EPAなどをはじめとする不飽和脂肪酸だ。
「脳は刺激を受けたら瞬時に反応し、全身に指令を出さなければなりません。そのために必要なのが、情報の出し入れをしやすい、柔軟性のある細胞膜です。脳の細胞膜の柔らかさを維持し、うまく機能させるには、DHA ・EPAなどの不飽和脂肪酸が欠かせません。脳には不飽和脂肪酸が多いから、即座に興奮するという瞬発力があるのです」(阿部さん)