私たちの体には、年齢とともに体力の低下、目の不調、痛みや不具合など、さまざまな「老化現象」が現れます。この連載では、これらの老化現象を「衰え」ではなく「変化」としてポジティブにとらえ、上手に付き合っていく術を、これまでに延べ10万人以上の高齢者と接してきた眼科専門医の平松類先生が解説します。
皆さん初めまして。眼科専門医の平松類といいます。現在は東京都江戸川区にある二本松眼科病院というところに勤務しており、昭和大学眼科兼任講師も務めています。
目の病気にはいろいろなものがあります。患者数の多い白内障や緑内障、加齢黄斑変性などの病気は、高齢の患者さんが圧倒的に多いのが特徴です。私はこれまで高齢患者さんが多い病院に勤めてきたこともあり、延べ10万人以上の高齢者の方々と接してきました。その中で、患者さんに情報がうまく伝わっていないために病気が治らなかったり、体の老化現象についてよく知らないがために生活に不自由が生じてしまったり、気分が落ち込んでしまったりする方をたくさん見てきました。
この連載では、目の病気のみならず、加齢とともに体に起こってくるさまざまな老化現象について、私たち医師が患者さんに伝えきれていない事実や、それらとの上手な付き合い方などをお伝えしていければと思います。
では早速、第1回のテーマに入りましょう。
言うことを聞いてくれない老親
東京で働く会社員のAさん(50代男性)。コロナが少し落ち着いたので、久しぶりに地方の実家に帰って、1人暮らしをしている母親の顔を見ることになりました。
息子(Aさん)「お母さん、ただいま」
母「お帰りなさい。色々大変よね、あなたも。この前送った野菜は食べた?」
息子「おいしく食べたよ。ありがとう。この前行った病院はどうだったの?」
母「別に問題ないわよ」
息子「部屋がずいぶん汚れているね。片づけた方がいいんじゃないの?」
母「・・・・」
息子「まあいいか。そういえば今度、屋根の修繕をするんだって? 見積もりは取ったの?」
母「見積もり? そんなのないわよ。もう頼んじゃったわ」

親が高齢になると、いろいろ心配です。認知症や寝たきりの原因となる健康問題や、詐欺などのお金の問題…。離れて暮らしている場合は、なおさら心配になるでしょう。
ですから、子どもは親のためにと思ってアドバイスをする。今後のために片付けをした方がいい。保険などの書類はそろえておくように。詐欺かもしれないので知らない番号の電話には出ないように。血圧が高いんだから少し塩分を控えたら?…。せっかく親のためにと集めてきた情報をもとに、どんなに適切なアドバイスをしても、ちっとも聞いてくれない。
実際に私の眼科外来でも、高齢の患者さんに息子さんが付き添って来て、
息子「いいから治療したほうがいいよ」
父「もう年だからいいって」
息子「でも目が見えづらいと包丁とかも危ないでしょ」
父「そうだけどまあ、とりあえず様子をみて…」
という感じの会話が繰り広げられることがあります。
そうやって、治療をすべきタイミングで、医師や家族に勧められているのにもかかわらず放置してしまい、目が見えなくなってしまう方がいます。そのことにより介助・介護が必要な状態になります。「だからもっと早く治療しておけばよかったのに…」と言っても後の祭りです。もう治すことはできなくなってしまいます。
このケースのように、「いくら言っても聞いてくれないから仕方ない」と放置していると、そのうち病気になって入院することになるかもしれません。認知症や介護対象になってしまう、あるいは、詐欺にあってお金がなくなってしまうかもしれません。
親だけではありません。取引先、上司、お客さん…。多くの高齢の人が言うことを聞いてくれない。こんな経験は誰しもあるのではないでしょうか?
「年をとると意固地になるから」と勝手に決めつけてしまっている人もいます。でも実際は、高齢者は医学的な理由で言うことを聞いてくれないこともあるのをご存じでしょうか?
例えば聴覚の問題があります。