私たちの体には、年齢とともに体力の低下、目の不調、痛みや不具合など、さまざまな「老化現象」が現れます。この連載では、これらの老化現象を「衰え」ではなく「変化」としてポジティブにとらえ、上手に付き合っていく術を、これまでに延べ10万人以上の高齢者と接してきた眼科専門医の平松類先生が解説します。今回のテーマは「実家の片付け問題」です。
遠方で働くAさんが久しぶりに実家に帰ってみると、家の中が雑然としていて、以前と少し様子が違います。
息子(Aさん)「母さん、帰ったよ」 |
母「お帰りなさい。まあ入って」 |
息子「あれ…? なんだかずいぶん汚れてないか?」 |
母「そんなことないよ、特に変わってないでしょ」 |
息子「そうかな、ここなんかほこりがたまってる」 |
母「あんたも細かくなったわね…(ため息)」 ![]() |
高齢の親が家を片付けない理由
親が年をとってくると、「実家の片付け問題」というものが発生します。要るかどうかも分からない袋が大量にある。荷物がそこら中に置いてある。必要な書類がどこにあるか分からない…。
両親だっていつまでも元気でいてくれるわけではありません。認知症になる、がんなどの重い病気になる、急に倒れる…そんなときに、何がどこにあるかが分からず、汚れた実家だと心配です。だからこそ、久しぶりに実家に帰るとつい「片付けなよ」と言いたくなります。子どものころは親に言われていたセリフを、今は子どもが親に言う状況。なぜ、親はなかなか片付けてくれないのでしょうか? そんなに忙しそうでもないのに、怠けているのでしょうか?
実はそうではなく、そこには医学的な理由があるのです。それは、「視覚情報の変化」です。よく白内障の手術をした後に、患者さんにこんなことを言われます。「こんなに家が汚れているなんて気が付かなかった」「こんなに自分の顔にしわがあるなんて思っていなかった」…これらは、毎週のように術後の患者さんから言われる言葉です。
高齢になると白内障になります。80歳を超えれば99.9%の人が白内障になります(*1)。白内障はある日突然進むわけではなく、徐々に進むため、視力が低下してきても変化に気がつきません。そして、進んでしまっても、全く見えないというわけでもないのです。テレビは見えるし、新聞も読もうと思えば読める。けれどもなんだか見にくい、読みにくい…。そういう曖昧な状態です。また、白内障になると色の差が分かりにくくなります。ちょっと汚れがあっても、色の差として感じにくくなります。
つまり、親は家の中が汚れているのを放置しているのではなく、汚れていることに気付いていない可能性が高いのです。そういう場合は、「片付けて」と言っても逆効果です。「70歳を超えたら白内障があるみたいだから、1回は眼科に行ってみたら?」というように促していただければと思います。