私たちの体には、年齢とともに体力の低下、目の不調、痛みや不具合など、さまざまな「老化現象」が現れます。この連載では、これらの老化現象を「衰え」ではなく「変化」としてポジティブにとらえ、上手に付き合っていく術を、これまでに延べ10万人以上の高齢者と接してきた眼科専門医の平松類先生が解説します。今回のテーマは「誤解されている視力の事実」です。
白内障の手術を受けた患者さんが診察室で医師と話していますが、なぜか話がかみ合いません。
患者(Aさん)「先生、せっかく手術をしたのに視力が悪くなったんですが…」 |
医師「Aさんの視力は良いですよ」 |
患者「良くないですよ。視力が0.2ぐらいしかなくて、全然見えませんよ」 |
医師「大丈夫ですよ。正常で1.0見えていますよ」 |
患者「いや、見えないんですが…」 ![]() |
患者が考える「視力」と医師が考える「視力」は違う
よく「視力が悪くなったので眼鏡をかける」と言います。でも医師はそう言いません。一般には、眼鏡をかけない視力、つまり裸眼視力のことを「視力」と言いますが、眼科医は、眼鏡をかけた視力、つまりは矯正視力のことを「視力」と言います。なので、しばしば冒頭のケースのように、話がかみ合わないことが起こります。
特に問題となるのは手術のときです。白内障手術をすると視力が上がりますが、裸眼視力は上がらなくて矯正視力のみが上がるときがあります。例えば、もともと裸眼視力0.6、矯正視力0.6の人の白内障手術をするとします。白内障手術では、術後に遠くが見えるようにするか、それとも中間の距離か、手元か…という具合に、眼鏡を使わないで見える距離を選ぶことができます。すると、中にはもともと遠くが見えていたのに「中間や手元に合わせたい」と言う方がいます。
「実際に合わせると満足度が高くないこともあるので、今まで通りではどうですか?」と説明しても、「やっぱり中間に」「手元に」と希望されることがあります。その結果として、術後に裸眼視力0.4に下がるということが起こります。もちろん裸眼で手元は見やすくなるのですが、遠くは見えにくい。ただし、眼鏡をかければ矯正視力1.0となり、遠くのものも見えます。この場合、医師は「大成功。良くなった」と思いますが、患者は「大失敗。悪くなった」と思ってしまいます。
普通に考えたら「裸眼視力=視力」とする方がしっくりきます。それなのになぜ医師は矯正視力を視力と言うのでしょうか?
その理由の1つは、裸眼視力は不安定であるということです。矯正視力は、今日は1.0で明日は0.8ということはあまりありません。けれども裸眼視力は目の調子にかなり左右されます。今日は1.0で明日は0.8ということがざらに起きるので、不安定すぎるのです。
もう1つの理由に、病気を見分けるには矯正視力の方が便利ということがあります。例えば、白内障になると「裸眼視力」も「矯正視力」も下がります。一方、近視や乱視のように一般的な状態では、「裸眼視力」が下がりますが、「矯正視力」は下がりません(眼鏡の度数を調整すればきちんと視力が出ます)。病気を見分けるには、矯正視力が下がっているかどうかが大切で、裸眼視力は使いにくいのです。