私たちの体には、年齢とともに体力の低下、目の不調、痛みや不具合など、さまざまな「老化現象」が現れます。この連載では、これらの老化現象を「衰え」ではなく「変化」としてポジティブにとらえ、上手に付き合っていく術を、これまでに延べ10万人以上の高齢者と接してきた眼科専門医の平松類先生が解説します。今回のテーマは「高齢者の歩行中の交通事故」です。
Aさんの77歳の父親が、自宅の近くで交通事故に遭い、入院しました。
息子(Aさん)「父さん、来たよ。大変だったな。脚は大丈夫?」 |
父「いやあ、びっくりしたよ。最近の車はすごく危ない運転をするから、怖いね」 |
息子「骨盤まで折れちゃったんだって? ひどいな」 |
父「まあすぐ良くなるから」 |
息子「車にはねられたのって、家の近くのあの道だよね?」 |
父「そうだよ。よく知ってる場所だったんだけどね…」 ![]() |
高齢者が交通事故に遭うのは夕方6時ごろが多い
高齢者が交通事故に遭うのは夕方6時ごろが多いそうです。公益財団法人交通事故総合分析センターの研究発表(*1)によると、高齢者の歩行中の死亡事故は夕方の5時台から7時台にかけて集中して発生していて、全体の半数近くを占めています。これはなぜでしょうか?
1つに交通量の問題があります。当たり前ですが、通勤・通学があるために朝と夕方は交通量が多くなります。車の台数が多いため、それだけ事故に遭う確率が高くなります。でも、それだけではありません。高齢者自身の特性も関係しています。
それは目です。私たちの目は、暗いところに行くと瞳(瞳孔)が開きます。そうすることで多くの光を取り入れることができます。反対に、明るいところでは瞳が閉じます。そうすることでまぶしさを軽減することができるのです。これは瞳孔反応と呼ばれています。
実際に、夕方や夜になると瞳孔は開き、周りが暗くても物が見えるようになっています。しかし、高齢になるとこの瞳孔反応が悪くなるのです。瞳孔の面積は、20代だと15.0mm²ですが、70代だと6.1mm²と、半分以下になります(*2)。
瞳孔反応が悪くなることにはメリットとデメリットがあります。メリットとしては「ピンホール効果」というものがあります。テレホンカードの穴のような小さな穴から見ると、近視の人でも遠くまでよく見えることはご存じでしょうか? この現象がピンホール効果です。小さな穴から物を見ると、「焦点深度」といって、「完全にピントが合っている距離の前後の、ピントがそれなりに合う範囲」が広くなります。つまり、瞳孔があまり開かないときは、ピンホール効果が生まれるために、老眼の高齢者でもある程度近くを見ることができるのです。
しかし、デメリットもあります。それが、視界が暗く感じるということです。瞳孔が開かなければそれだけ光が入りません。いくらピントが合っても、明るくなければよく見えないのです。
さらに、高齢者に多い白内障の影響もあります。白内障は80代になれば99.9%が持っているといわれています。白内障とは目の玉の中にある水晶体というレンズが白く濁る病気です。視力が下がる、見にくくなる、まぶしくなるという症状を感じますが、徐々に白くなっていくために視力が落ちていることに気づかないことも多いのが特徴です。
夜の8時、9時ともなれば、誰しも暗いと感じて自分の目が見にくいことを理解します。しかし日没前後の時間帯は、そこまで暗いとは感じず、見にくさを自覚しません。その上、すべての自動車がライトを点灯しているわけでもない。ちょうど危ない時間なのです。さらには高齢者自身も買い物に出掛けるタイミングです。見慣れた道の信号のない場所で、ふと渡ろうとして事故に遭います。