私たちの体には、年齢とともに体力の低下、目の不調、痛みや不具合など、さまざまな「老化現象」が現れます。この連載では、これらの老化現象を「衰え」ではなく「変化」としてポジティブにとらえ、上手に付き合っていく術を、これまでに延べ10万人以上の高齢者と接してきた眼科専門医の平松類先生が解説します。今回のテーマは「定年後に家庭不和が生じやすい医学的理由」です。
最近定年退職した夫がテレビを見ていると、妻が話しかけてきました。
妻「それでね、お隣のYさんが面白いのよ」 |
夫「ああ」 |
妻「ねえ、あなた聞いてる?」 |
夫「聞いてるよ」 |
妻「じゃあ私が何の話をしていたのか言ってみて?」 |
夫「近所の話だろ」 |
妻「近所の話って…お隣のYさんの話よ。この前から話しているでしょ。あなたどう思う?」 |
夫「いいんじゃないか?」 |
妻「いいんじゃないかって…何がいいのよ? 聞いてないくせに!」 ![]() |
定年前後には家庭環境が大きく変わります。再雇用などで働き続ける人もいますが、以前と同じように働き続けるとは限りません。勤務時間や日数が減ることも多いでしょう。つまりは以前よりは家にいる時間が増え、そのことが家庭不和を生んでしまうことが、残念ながらあります。
厚生労働省の人口動態統計によると、夫が60~64歳での離婚(人口1000人対離婚率)は、1980年(0.39)と比較すると2019年(1.51)には4倍近くになっています。熟年離婚のリスクが昔よりも高まっていることは事実と言えます。
家庭不和を生んでしまうのは、性格の問題でしょうか? そもそもお互いが譲り合えないからでしょうか? 定年によってこれまで何十年も続けていたお互いの生活スタイルが崩れてしまうからでしょうか? それ以外の原因として、医学的に言えることがあります。
年を重ねると声帯が衰え、声が出にくくなる
家庭不和の原因になり得る医学的な事実とは、「年を重ねると声が出にくくなる」ということです。
日常生活の中で、高齢の方の言っていることが聞き取りにくいなと感じることはないでしょうか? その原因は、入れ歯の問題だけではありません。実は、「年齢による声帯の衰え」が関係しています。声帯が衰えると、会話がおっくうになります。となれば家庭内での会話が減ります。職場と違い、家庭内では会話をしなくても短期的には生活に大きな支障を感じません。そのため会話が減ったまま日常生活を送ってしまい、長期的には夫婦関係の悪化を招いてしまうのです。
では声帯の衰えは男女均等に起こるかというと、そうではありません。ある研究では、年齢の上昇に伴い声帯の衰えが起きるのは、女性では26%だったのに対し、男性では67%にもなりました(*1)。