私たちの体には、年齢とともに体力の低下、目の不調、痛みや不具合など、さまざまな「老化現象」が現れます。この連載では、これらの老化現象を「衰え」ではなく「変化」としてポジティブにとらえ、上手に付き合っていく術を、これまでに延べ10万人以上の高齢者と接してきた眼科専門医の平松類先生が解説します。今回のテーマは「目薬のさし方」です。
オフィスで残業中のA部長。ふとキーボードをたたく手を止め、目頭を押さえながらつぶやきました。
部長「最近年のせいか、目がよく見えなくてさ」 |
部下「そんな、A部長はまだお若いですよ。最近激務が続いているので、目を酷使して疲れているんじゃないですか? 少しは休まれたほうがいいですよ」 |
部長「いやいや、まだまだがんばらないとな」 |
部下の前で目薬をさすA部長。すると… |
部下「あの、A部長、いつもそうやって目薬をさしているんですか?」 |
部長「そうだけど、何か?」 |
部下「そのさし方、間違っているんじゃないかと…」 ![]() |
「98%の人が目薬のさし方を間違えている」という現実
今日のテーマは、「98%の人が間違えている、目薬のさし方」です。
「目薬のさし方なんて、つまらない内容だ」
この記事のタイトルを見た皆さんの中には、そう思った方もいるかもしれません。実際、診察室で目薬のさし方の話をすると、多くの患者さんがそういう反応を示します。特に、日経Goodayの会員となり、この記事を読んでいるということは、普段から健康への意識が高く、一段掘り下げた情報を求めている人であることも理解しています。
「つまらない」。そう言われてもあなたに伝えたいのです。人前で間違った方法で目薬をさしたら「そのさし方、違いますよ」と言われ、恥ずかしい思いをする。そのぐらいならまだいいのですが、目薬のさし方が違うことで、実は治療効果も大きく変わってくるのです。
実はAさんは、「このままでは失明する。かなりリスクがあるが、手術を受けなければいけない」。そう医者に言われていました。Aさんがかかっていた目の病気とは、緑内障です。
Aさんは58歳になったばかり。まだまだ若く、つい最近まで週末は車でゴルフに行っていました。けれどもいつのころからか、視界の一部が欠けて見えるようになり、眼科で検査を受けたところ、緑内障と診断されました。職場には秘密にしていましたが、車の運転は危なくなり、免許は返納しました。ゴルフも、打ったボールの行方が分からなくなりました。ドライバーの時だけではなく、アプローチでさえボールを見失ってしまうことがありました。そんな様子なので、友人からはなんとなく気を使われてしまい、次第に疎遠になってしまいました。
そんななか、主治医から言われた「失明寸前」という話。手術を受けるにしてもリスクが高いため、心配で他の医者の意見を聞きたいと、私の外来を受診されました。
Aさんによくよく話を聞いてみると、緑内障が失明寸前まで悪化してしまった原因が分かりました。主治医の治療方針が悪かったわけでもない。ヤブ医者なわけでもない。Aさんが目薬をさぼっていたわけでもない。ただ、「目薬のさし方を間違えていた」のです。そのために薬の効果が十分に得られず、緑内障がどんどん進んでしまったのです。
原因は分かったものの、失った見え方は戻りません。