私たちの体には、年齢とともに体力の低下、目の不調、痛みや不具合など、さまざまな「老化現象」が現れます。この連載では、これらの老化現象を「衰え」ではなく「変化」としてポジティブにとらえ、上手に付き合っていく術を、これまでに延べ10万人以上の高齢者と接してきた眼科専門医の平松類先生が解説します。今回のテーマは、コロナ禍での受診控えと、病気の悪化についてです。
コロナ禍の診察室では、医師として胸が痛む会話が増えています。
医師「かなりひどい状態ですね。いつから調子が悪かったのですか?」
患者「実は1カ月前から…」
医師「1カ月前から、どこにもおかかりにならず?」
患者「はい。コロナが怖くて病院には行きたくないと思っているうちに、時間がたってしまいました」
医師「そうですか。かなり厳しい状態です。ご家族を交えて詳しくお話ししましょう」

病院に行きたいが、行きたくない
体調が悪いとき、病院に行かずに我慢していて病気が悪くなってしまったら困る。けれども、今病院に行くと新型コロナウイルスに感染するリスクがあって怖い。どちらにしても不安がつきまとってしまいます。病院でのクラスター発生もニュースになり、不安は増すばかり。一方、新型コロナウイルスによる受診控えによって、さまざまな病気が手遅れになるケースが増えていることが分かっています。
私が専門とする眼科での例をお話ししましょう。
網膜剥離という病気があります。米国のある医療機関の報告では、この病気で末期状態になる前に受診した人の割合は、2019年は49.5%でした。しかし、2020年には、この数字が24.4%と半分以下になっていました(*1)。
網膜剥離は、目の奥にある網膜という膜がはがれる病気です。顔面を激しく打たれるプロボクサーがなる病気、というイメージがあるかもしれませんが、実際には、けがや打撲なく発症する人の方が多く見られます。特に20代と50~60代がかかりやすい病気です。
この病気は、早期に治療をすれば後遺症を残しません。最初の症状は飛蚊症といって、視界にゴミのようなものが浮いて見えます。この段階で網膜剥離に気づけば、レーザー治療で済むことが多いです。しかし、治療をせずに放っておくと、そのうち視野が欠けてきます。この段階でも、手術をすれば多くのケースで視力を1.0に保てます。
しかし、さらに放置すると視力が下がり、突然0.1以下になります。メガネをかけてもよく見えません。ここまで行くと、手術で治療しても回復するのは難しくなります。この状態まで放置してしまった人の割合が、2020年は2019年の1.5倍になったのです。この数字の増加は、現場で治療に当たっている医師として実感します。明らかに悪い状態で受診する人が増えており、「もう少し早く病院に来てくれていれば」と悔やまれるのです。
網膜剥離以外にも、加齢黄斑変性や緑内障など、多くの病気で「もうちょっと受診が早ければ」という患者さんが増えています。眼科以外でもそういう声を聞きます。コロナが怖くて受診をためらっているうちに、コロナ以外の命に関わる病気が手遅れになってしまうことさえあるわけです。だからこそ、体調に異変があれば、できるだけ早めに医師に診てもらってほしい。とは言っても「病院に行くのは感染が怖い」という人も多いこの現状で、どうすればいいのでしょうか?