人生後半戦は、少しずつ歩むペースを緩めていく「退却作戦」。実は、これまで仕事一辺倒でずっとやってきた人ほど、「リタイア後の人生は、これまでとはちょっと違う自分に変わればいいだけ。うまくやっていけるはず」と楽観視しがちだそうです。元・陸上自衛隊心理教官で心理カウンセラーの下園壮太さんは、「年齢を重ねるほど、生き方角度を変えていくのが難しくなります」と注意を促します。第3回では、知らないうちにカチカチに固まっている価値観について、お話ししていただきます。

今抱いている「やらされてる感」が「不平不満老人」への入り口に?
ミドルエイジからシニア期に至る人生後半の「退却作戦」において、心の準備を何もしないでいると、目的地からはどんどん遠ざかってしまうリスクが大きい、というお話を前回記事では伺いました。自分も変化し、環境も大きく変化し、並行して、社会情勢も移り変わっていく、ということは今回のコロナ禍でもリアルに実感しました。シニア期の「変化」についても覚悟をしておかないと、ヘリコプターを操縦しているときのように、すぐに障害物にぶつかったり、墜落してしまう可能性もあるのですね。
下園さん そうなんです。特に知っておいていただきたいのは、50歳を過ぎた頃から、人は、「変化に対応する」ことがとても大変になってくる、ということ。よく、「これまで自分は組織の中でも、みんなと仲良くやってこられた。だから、新たな環境に身を置くことになっても、ちょっと違う自分になって、やっていけるだろう」と言う人がいるのですが、なかなかそうはうまくいかない。人って、そう簡単に方向転換はできないのです。
何が方向転換を阻むのでしょう。
下園さん 一言で言うなら、人とはこういうものである、という「人間への価値観」ですね。長年生きるなかで培ってきた価値観が、変化を拒むのです。
例えば、前回、「自衛隊では何もかも決められているから、案外ストレスは少ない」というお話をしました。組織に縛られている、ということは、規則だらけであるようでいて、自己決定権が限られているという点では楽でもあります。しかし、長年、この「縛られることによるメリット」を享受している人は、同時に「やらされてる感」も自らの中で育てている場合があります。
何か物事を行うときに「こういう指示を受けたから」という発想でこなすのが、「やらされてる感」です。私のカウンセリング経験から言うと、定年後、虚しさにとらわれてしまうような人は、どうも、マネジメント職にある人よりも、「与えられた仕事をきちんとこなしていく立場」だった人に多いようです。あまり自己裁量権がなく、仕事を与えられることに慣れていた人が新たな環境に移ると、それまでとのギャップを大きく感じ、心身への負荷が高まりやすいのかもしれません。
「やらされてる感」のメンタリティを引きずったままリタイアし、新たな環境に身を投じたとします。受け身の人は、無意識のうちに、周囲に「何か指示してくれるもの、準備してくれるもの」と期待します。やりたいことがあれば、自分で準備し、行動し、責任をとらなければならない。それをせずにただ待っているだけ。しかし、誰かが指示してくれたり、準備してくれたりするのを待っているだけでは、現実はそううまくはいきません。新たなコミュニティや家族への期待値を一方的に高め、期待通りにいかないギャップに直面し、「本当はやりたいことがいっぱいあるのに、やらせてもらえない」と被害者意識を抱くようになる。このようなタイプの人を私は「不平不満老人」と呼んでいます。