しかし、監督になぜ取材を断るのかと聞いたところ、「あまり本人が周囲に踊らされないよう、できるだけメディアに騒がれないまま大会に出て、メダルを取って帰らせたいんだよね。メダルを取ったら、バーッとたくさん取材を受けさせるよ」という答えが返ってきました。
彼女はメンタルが強いほうではなかったので、プレッシャーに押しつぶされないための判断だったのでしょう。今回の東京大会で、メダル候補といわれる選手たちへの報道を見て、当時の監督の言っている意味がさらによく分かりました。
「メンタルヘルス」への理解が進んだ東京大会
東京五輪では、新しい変化がいくつか見られました。例えば、女子体操アメリカ代表のエースであるシモーネ・バイルズ選手が、女子団体決勝で「メンタルヘルス」の問題を理由に途中棄権したことです。
バイルズ選手は記者会見で「メンタルヘルスを第一に考える」と自ら述べました。そして1週間後、種目別平均台の決勝に再び登場しました。

このように、選手のメンタルヘルスの問題への理解が進んだことも、東京五輪の大きな前進です。
私が最も身につまされたのが、女子トランポリン代表の森ひかる選手です。森選手は、2019年に世界選手権で優勝し、東京五輪ではメダルの期待がかかっていましたが、予選で敗退しました。
試合後、森選手は「1カ月前からジャンプが怖くなった」と涙ながらに話したそうです。調子が上がっていないのに、6月にイタリアで開かれた国際大会で優勝し、さらにプレッシャーがかかってしまった。コーチに「もうやめたい」と言ったこともあったそうです。
私は、自分が担当している選手が五輪の本番前に「やめたい」と言い出したら、どんな言葉をかけてあげられるだろうか、と想像しました。
選手1人1人が心身ともに良い状態で試合に臨めるような環境を作ることも、周りのスタッフやメディアがもっと考えていくべきだと感じた今回の東京五輪でした。
(まとめ:長島恭子=フリーライター)
