日本人の2人に1人ががんに罹患する今の時代。がんへの不安に応えるように、世の中にはがん予防に関する情報があふれています。しかし、がん予防の情報は玉石混交。多くの情報の中から正しい情報を探すには、多くの人々を対象として病気の要因を探る「疫学研究」から導きだされたエビデンス(科学的根拠)が重要になります。
本連載では、「がんを遠ざけるために私たちが今できること」を、がん予防のエキスパートである国立がん研究センター 社会と健康研究センター長の津金昌一郎さんが最新のエビデンスとともに解説します。
男性は5割、女性は3割ものがんが予防可能
私は現在、国立がん研究センター 社会と健康研究センターで、「がんにならないこと」そして「たとえがんになっても命を落としたり生活の質を下げたりしないようにすること」を目標に、予防と検診に特化した研究を行い、科学的根拠(エビデンス)を蓄積し、同時に国内外の研究報告を検証して、ガイドラインを作成する、という仕事をしています。
例えば、国立がん研究センターでは、飲酒が大腸がんのリスクを高めるのは「確実」、あるいはコーヒーは肝臓がんのリスクを下げるのは「ほぼ確実」といった、がんのリスク要因の因果関係判定を公表していますが、これは私たちが、主に日本人のエビデンスに基づいて、国際評価やメカニズムなどを参考に評価して作成したものです(下図)。
がんに罹患する原因は一つではありません。喫煙、飲酒、食事、運動といった生活習慣、肝炎ウイルスやヘリコバクター・ピロリなどへの持続的な感染、一人一人の遺伝的背景、糖尿病などの病態が複雑にからみあい、10~30年といった長い期間をかけてがんという病気は形作られていきます。さらに、運(偶然) という要素も入ってきます。
がんを予防することは、がん対策の最初の砦であり、全ての人にとって最も望ましいことで、不利益は何もありません。まずは、避けられるがんを避けることが大切です。なお、2番目は「早期発見・検診」、3番目は「治療」ですが、たとえ、うまくいったとしても何らかの犠牲(不利益)は避けられません。
また、多くの人にとって、がんという病気は、糖尿病や認知症といったさまざまな健康問題のうちの一つです。がんは大きな問題ではありますが、「がんにさえかからなければいい」というのではなく、「がん予防とともに他の病気も予防していくことが健康であるための大前提である」という意識で私は研究を行っています。
「がんに絶対にかからない」という術はありませんが、現時点で集まってきたエビデンスは、「がんは、本人の意思によって変えることができる環境要因の影響を受けている。つまり予防が可能である」ということを明確に示してくれています。国立がん研究センターの推計では、男性は53%、女性は28%ものがんが、現状でわかっている知識だけで予防可能という結果が出ています(詳しくは次回以降、取り上げていきます)。
これまで、新たな研究成果がまとまるたびにメディアで報道していただいたり、『がんになる人 ならない人』(講談社ブルーバックス)、『なぜ、「がん」になるのか? その予防学教えます』(西村書店)、『科学的根拠にもとづく 最新がん予防法』(祥伝社新書)などの著書でがん予防に対する正しい知識を広めようとしてきました。しかし、残念ながら、日本人はいまだに科学的根拠に乏しい情報に振り回されてしまっていると感じます。
そこでこの連載では、国内最大規模の約14万人を対象に20年以上続けてきた「多目的コホート研究(JPHC Study)」などから得られたエビデンスを中心に、「信頼性の高い情報を、いかにご自身のがんのリスクマネジメントにつなげていくか」という視点でお話をしていきたいと思います。