本連載ではこれまで、がんの罹患は生活習慣と密接に関係していることを紹介してきました。では、どのような生活習慣を心がければリスクを下げられるのでしょうか。今、世の中には「がん予防」についての情報があふれており、玉石混交の情報から何を選べばよいのかが分からなくなっています。そこで大切なのは、科学的根拠です。今回から、科学的根拠に基づいた具体的な予防法を紹介していきましょう。

本連載ではこれまで、がんの罹患には生活習慣が大きく関わっていること、そして各部位のがんごとの近年の傾向とその罹患要因をお伝えしてきました。ここまでの内容を踏まえて、今回から3回に分けて、がん予防のために取り組むべきことを紹介していきましょう。
連載でも紹介したように、今や日本人の2人に1人ががんに罹(かか)る時代です。がんは加齢現象の1つであり、高齢化が進む中でがんのリスクから完全に逃れるのは難しい。とはいえ、できることならがんに罹りたくないし、がんで亡くなるのは避けたいというのは多くの人が共通に思うことでしょう。
では、そのためにできることは何でしょうか?
「がん検診を受けて早期発見して、進行していない段階で治療すること」。もちろんそれも正解です。しかし、もっと前段階でできるのが、「がんにならないように予防する」ことです。
これまで繰り返しお伝えしてきたように、日頃の食事内容や運動、喫煙といった長年の生活習慣が、がん罹患に密接に関わります。がんには、遺伝的なことよりも後天的な環境要因(生活習慣を含む)の方が大きく影響するのです。よい生活習慣を取り入れ、悪い生活習慣を避けるよう実践することで、がんのリスクを下げることができる、つまり「がんは予防できる」のです。
連載の初回でも触れたように、がんを予防することは、がん対策の最初の砦であり、全ての人にとって最も望ましいことで、不利益は何もありません。まずは予防により、避けられるがんを避けることが大切です。
しかし、世の中には「がん予防に効く」とされる情報があふれています。この食材がいい、悪い、民間療法、著名人の誰それが勧めている、など多種多様な情報の中で、「いったいどれが信頼に足るものなのかが分からない…」と思われている方も多いと思います。
科学的根拠を基にした対策は「効果が期待できる対策」
そこで重要となるのが「科学的根拠」(エビデンス)です。科学的根拠があるということは、リスク要因を取り除けば(もしくは予防要因を付け加えれば)、がんになる確率が低下する、という因果関係が確立している、ということ。
つまり、科学的根拠を基にした対策は「効果が期待できる対策」ですから、根拠がない対策よりも確実に予防効果が高くなります。
WHO(世界保健機関)傘下のIARC(国際がん研究機関)やWCRF(世界がん研究基金)などの国際機関では、ヒトを対象とした疫学研究や動物実験、さらには、メカニズムに関する基礎研究など利用可能なあらゆる研究成果に基づいて、様々な因子とがんとの因果関係を評価し、具体的な対策に結びつけるための試みが継続して行われています。
ただし、世界で評価されているがんリスクは、参考にはなるものの、そのまま日本人に当てはめることはできません。国際的ながんリスクの評価は、主に欧米人を対象にした研究が中心となっています。日本人と欧米人では、体型や体質、食生活、罹りやすい病気、遺伝素因などが大きく異なります。
国立がん研究センターでは、日本全国11地域の40~69歳の住民約14万人を対象とした「多目的コホート研究」(JPHC Study)を1990年から実施しています。このほか、文部科学省科学研究費によるJACC Study 、宮城県コホート研究など、大規模で長期的な研究が複数実施され、結果が集積されつつあります。
国立がん研究センターにおいても、日本人を対象としたこのようなコホート研究からのエビデンスを中心として、国際的評価の現状などと合わせて、因果関係を評価する研究を続けています。これが「科学的根拠に基づくがんリスク評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究」です。この研究の内容・結果は、研究班のホームページで公開しています。

この研究の中で、私たちは、がん全体および部位別のがんについての評価の現状を「がんのリスク・予防要因 評価⼀覧」としてホームページなどで公開しています(右の図)。
評価は「Yes(因果関係あり)」または「No(因果関係なし)」といったシンプルなものではなく、不確実性も考慮に入れた4段階になっています。「データ不⼗分」⇒「可能性あり」⇒「ほぼ確実」⇒「確実」の順に信頼性が⾼くなります。「確実」は疫学研究が相当数あり、結果が⼀致していて、逆の結果はほとんどなく、さらに、なぜそうなるのか生物学的説明が可能なものです。「ほぼ確実」は疫学研究の結果がかなり⼀致していますが、研究⽅法に⽋点(研究期間が短い、研究数が少ない、対象者数が少ない、追跡が不完全など)があったり、逆の結果が複数あったりするために決定的でないものです。