健康で長生きするためには、腸内環境を整えることが大事。では、具体的にどうすれば、腸を元気にして、健康“腸”寿を実現できるのでしょうか? この連載では、これまで約4万人の腸を診てきた腸のエキスパートであり、腸に関する数多くの著書を手掛ける消化器内科医の松生恒夫さんが、腸を元気にして長生きするための食事や生活の秘訣を、エビデンス(科学的根拠)に照らしながら紹介していきます。今回のテーマは「腸と脳の密接な関係」です。
前回は、腸に何らかの病気(器質的異常)があるわけではないにもかかわらず、緊張や不安、不快といったストレスが要因となって、腹痛や下痢、便秘を繰り返す「過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome=IBS)」について解説しました。
その中で、ストレスが要因になる背景には、腸と脳が自律神経やホルモンなどを介して関連し合う「脳腸相関」の働きがあることに触れました。今回は、この脳腸相関についてお話ししたいと思います。
腸には神経細胞が1億あり、脳と緊密に連携している
この連載の第2回「腸の免疫力を高めることが健康長寿につながる」では、小腸には免疫(病気から体を守る自己防御システム)の中心的な役割を担うリンパ球が多く存在していて、「腸管関連リンパ組織(gut-associated lymphoid tissue:GALT)」と呼ばれる腸管免疫が機能していることをお伝えしました。
そこでは、腸には消化、吸収、排泄、そして免疫の4つの役割があるとお話ししましたが、近年ではさらにもう1つ、重要な働きがあることが分かってきました。それが、脳との連携=脳腸相関です。

脳の表面(大脳皮質)にはおよそ150億の神経細胞があると言われています。一方、腸の神経細胞の数はおよそ1億。この数は、体の臓器の中で、脳に次いで2番目の多さとなっています。さらに、腸は脳と約2000本の神経線維でつながっていて、緊密に連携しています。こうしたことから、腸は「第2の脳(セカンド・ブレイン)」と呼ばれるようになりました。
腸も喜怒哀楽や快・不快といった情動を感じている?
腸管には、2つの神経叢(しんけいそう;神経細胞の小集団)が存在します。1つは、筋層間神経叢(アウエルバッハ神経叢)。もう1つは、粘膜下神経叢(マイスナー神経叢)と呼ばれるものです。
腸管は、その大部分が平滑筋という筋肉でできていますが、この筋の間に多数の神経細胞が集まって形成されているのが、筋層間神経叢です。筋層間神経叢は主に、腸の蠕動(ぜんどう)運動を調整しています。一方、粘膜下神経叢は、筋層の内側にある粘膜組織に形成されていて、粘膜の機能やホルモンの分泌に関与しています。
腸管のこの2つの神経叢は、それぞれ自律神経の副交感神経とつながっていて、脳の視床下部からの指令を受けています。しかし、独自の指示系統(腸管神経系)も存在するため、脳からの指令がなくても、腸を動かすことができます。また、腸管の2つの神経叢は単独でも機能しますが、近傍の神経細胞に情報を伝達する介在ニューロン(感覚ニューロンから運動ニューロンへと刺激を伝達する神経組織)によって相互に作用し合ってもいます。
腸管神経系の構造は、脳の神経ネットワークに似ています。そのため、腸の中にも一種の「脳」があると考えると分かりやすいかもしれません。